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朝鮮戦争について書かれた優れたドキュメンタリーの存在は知ってたけれど、つらいので避けてきた感じがする。


朝鮮戦争はやっぱり北朝鮮側が先に仕掛けたのかな。


いや、裏の裏はもっとややこしいかな。


二十代の若者だった父は、この戦争が始まったときはたまたま日本にいたので、「命拾いした」というのが正直な感想だったらしい。


その後の戦局の情報を得ていたとき、「父母や弟妹が住む国が共産主義国家になるんだ」と将来を予測したときがあったという。


なお、この戦争で亡くなった民間人軍人の中には戦中の強制的に実施された徴用や慰安婦の件で重要な証言できる人もいたのではないかと思う。


親日派の問題があるので、生存していても、表には出難い面があっただろうとは思うが。





2010-09-27公開

子どものけんかも大人のけんかも、そして国のけんかである戦争も、どっちが先に始めたかがよく問題になる。

朝鮮戦争に始まり、ベトナム戦争、イラク戦争。

たいていは始めた方だけではなく、他方も先に手を出していたかも知れない事情、或いは相手に先に手を出ささせた事情があったように思う。双方に言い分らしいものもあって、まともに付き合うと疲れてくるという教訓を得ている。
つまり権力者に関しては「どっちもどっち」と考えている。

さて、主人公ハン・スーインが朝鮮戦争の発端について書いているので抜粋する。

香港の共産系新聞が彼らの観点から見た真実を発表するまでには、まる三日かかった。
それは南鮮が北鮮に侵入したというものだった。
「アメリカ帝国主義のけだものどもは、国連の協議も待たずに朝鮮に侵入した。
この侵略によって、アメリカはその世界征服の野望をはっきり暴露したのだ」
そして、なんといっても中国人はばかではなかったから、たとえあの小さな町の住民でもそうではなかったから、この新聞論調には首をかしげた。
ここにおいて、はじめて彼らの新政府にたいする信頼は揺らいだのだ。

「二日前に、われわれはラジオで南鮮が北鮮に侵入されたと聞いた。
ところがいま政府が言うのを聞くと、それは反対だという。
それでいてなおいま南鮮を破竹の勢いで進撃しているのは、北朝鮮なのだ。
だれかが嘘をついている。
なぜわれわれの人民政府がわれわれに嘘をつくのだろう」
だがすぐにこれらの疑念は、アジア人にたいする白人の干渉への怒りに一掃されて姿を消した。
「いったいなぜアメリカは、朝鮮に自分たちの意志を押しつけなきゃならないのだ。
朝鮮人はわれわれの兄弟だ。
ひとつの国を二つに割って、それがまたひとつになりたいと望むのを、だれも阻止することはできないのだ」
というわけで、多数の中国人がアメリカに反感を持った。
アメリカにはアジア本土の問題に干渉して、事情をいっそう悪くさせる権利はないと考えたからである。       (514~515ページ)

民衆の心理がマス・メディアの情報によって操作されやすいことも感じとれる。
権力者の考えていることは、今とあまり変わっていないように思う。



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by far-east2040 | 2016-07-07 10:40 | 戦争の記憶




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この本も「もう読み返すことはない」と思い、数年前に手放した。


ベトナム戦争もそうだけれど、朝鮮戦争には強い憤りを感じる。

大国の裏であやつる人たちの思惑で起こされた無意味な戦争だったと思っている。


ある会社が倒産したので、管理職は全員撤退することになった。

会社の運営をほとんど経験してこなかった残された者たちは、業務引き継ぎもないまま会社の再建をすることになってしまった。

そこへ大火が起こった。

私にはこんな風に朝鮮戦争は例えられる。


父の親族があの時代をどう生き抜いたのだろうかとも思う。

この戦争が起こらなかったら、父は多分日本にいなかっただろうから今の私も当然生まれていない。

叔父の一人はこの戦争に従軍して負傷した。


因みに主人公の恋人マークはイアン・モリソンというイギリス人特派員で、東洋文庫の基礎になったモリソン文庫を創った人の息子とどこかで読んだが、多分正しいと思う。



2010-09-24 公開

手元にある文庫本『慕情』(角川文庫)は、アメリカ映画「慕情」の原作“A Many-Splendored Thing(多くの輝けるもの)の全訳である。

原作の刊行は1952年で、日本では深町真理子さんが翻訳して1970年に発行されたものである。

映画自体は1955年に公開されている。

物語は香港を舞台にした1949年から1950年にかけての激動の時代の出来事を、ラブストーリーを織り交ぜながら描いていて、映画とは一味違う。

個人的にこの本が好きなのは、主人公の恋人マークが従軍記者として朝鮮戦争を現場で見ているからである。
主人公ハン・スーインは同じアジア人としてのコリアンの受難を憂い、マークは恋人と同じアジア人としてのコリアンを気にかけている心情が手紙で綴られている。

マークが、コリアンが地上から消えていくのではないかとつづる箇所は胸をつぶれる思いがする。
良心的な外国人が見聞した朝鮮戦争の記録も含まれている作品と考えると、珍しいものに思える。

当時の香港は、外国の特派員や記者が多数集まり、「アジアの十字路」とか「竹のカーテンの隙間」といわれていたという。

中国では反米運動が高まり、難民が香港や台湾に逃げてきていた。

一方が「共産主義の脅威」をいい、他方は「帝国主義の戦争欲」と非難しあう政治的緊張が続く社会がつづられて、東西冷戦時代の幕開けというものだろうか。

そんな中で、主人公が戦争が始まったことを知ったときの様子が印象に残っているので、抜粋する。

わたしたちはベイ・ホテルのベランダで昼食をとった。
そのとき、べつのテーブルにいた肥った禿げ頭の男が、こちらに身をのりだし、アンに言った。
「ニュースを聞いたかね。アン?」
「いいえ」
「朝鮮だ。北鮮が南鮮に攻めこんだ。ゆうべ38度線を越えて侵入したそうだ」
「まあ」アンは言った。
「じゃあ戦争ね」
「アメリカ軍がぞくぞく戦線に向かっている」肥った男はいった。
「アメリカにとっちゃありがたい話さ。めんどうな宥和政策なんてものがいらなくなってね。まあ見てるがいい。いまいましいロシア人どもに一泡吹かせてみせるから」

つづく数日間は、わたしにはぼんやりした悪夢の連続でしかなかった。
歓呼と狼狽と予言とのごった煮が、四方からわたしに襲いかかった。
一部の人のなかには、不穏な、不確かな平和という退屈から、やっと解放されたという開放感、とにかくこれでどちらかに結着がつくという一種の安堵感があるのをわたしは認めた。……
(512~513ページ)



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by far-east2040 | 2016-07-06 10:07 | 戦争の記憶