カテゴリ:『偉大なる道』( 21 )

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大阪でアジア図書館を運営している市民団体アジアセンター21の代表をなさっていた山口一郎氏が亡くなったことは、当時購読していた新聞の訃報欄で知った。

たしか、学会が何かの出席のために中国に滞在していたときに、ホテルで入浴中に亡くなられたと記憶している。

2000年の秋、84歳という高齢での旅先からの知らせだった。

存じ上げている人の名前を新聞の訃報欄で見つけるなんてことは、はじめてだったと思う。

私が、未練や解放感など複雑な感情を秘めて市民団体アジアセンター21を辞めたのは、その亡くなられる5年ほど前だった。

その際に、労をねぎらう言葉を直接かけていただいたことは決して忘れていない。


「韓国をふくめて中国と日本がむきあって何かやれないかと考えている」

正確にはもう覚えていないが、おだやかな声でこういう趣旨のことをいってくださっていた。


山口氏は、アジアセンター21の理念を表象する代表ということで、実際の現場にはほとんど顔を見せることはなかった。

年に数回講演者として接するぐらいで、ことばを直接かわすこともなく、末端のスタッフと代表という関係でしかなく、離れたところで静かに眺めていたような気がする。


「企業にまわって寄付を集めるような器用なことができないため、現場で働く人に苦労をかけている」という内容のことを、直接か間接か忘れたけれど、一度聞いたことはある。


働いていたころは、山口一郎氏は関西大学文学部名誉教授と孫文の研究家としてしかあまり知らなかった。

調べてみると、1915年に中国の撫順市で生まれ、東京大学文学部中国哲学科を卒業されている。

戦争には行かなかったのだろうか?

なぜ孫文? 

どうして1915年に中国で生まれたのかな?

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そんな山口氏に「再会」したのは、子育てが落ち着いて自分の時間がとれだしたころ、地域の図書館で借りた1冊の本がきっかけだった。

築地書館から2000年に出版された『孫文 百年先を見た男』に、山口氏に著者が直接取材している箇所があり、ページの中に山口氏の顔写真ものせていた。

奇しくも、山口氏が突然亡くなった年に出版されたことになっている。

孫文の人と功績について書かれた一般向けの本はあまり見当たらないことを思うと、この本は読みやすくて貴重だ。


月日が流れ、限られた時間のなかで好きなことを選んでいったら、いつのまにか自分の言葉の世界に孫逸仙(孫文)を取り込み、自分の言葉で理解するという作業をしていることになる。

それから、孫文の理念を実現させていく朱徳の生き様を知り、ふたりが生きた困難な時代を追体験している。

その際、できるだけ東アジアの国境の垣根は取り払いたいと考えてきた。

『偉大なる道』を読み進めると、あらためて孫逸仙(孫文)の功績を認識する。


いま手元に2011年に再編集して出版された『孫文 百年先を見た男』の文庫本があるが、著者が

「先生にとって、孫文とは結局なんですか」

とたずねると、

「孫文の偉さは、最初はわからなかった。背後にある学識の広さと、人間と社会に対する考え方がわかってくるにつれて、大変な人だと思うようになりました」

と答えている。


つづいて神戸市垂水区の舞子の浜にある孫中山記念館(移情閣)の館長や、大阪のボランティア組織、アジアセンター21の代表を無報酬でつとめていることなどが書かれていて、

「孫文が夢見たように、日本、中国、それに朝鮮半島の人たちも、お互い顔を向きあっての交流を深め、平和を確かなものにできないものですかね」


と語ったことを紹介している。
その文面に何回か目をとおすうちに、今まで読み過ごしていたところがあまりに唐突すぎて妙に気になり始めた。

……点と点がつながった感じ。


孫文と朝鮮半島はほとんど接点がないので、他の研究者なら別にふれないし、ふれなくても別に無視しているような文の流れではない。

ここで、「朝鮮半島の人たち」という言葉を出された山口氏に深い感謝の念を表したいと思った。


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いま自宅に移情閣の絵葉書を額にいれて飾っている。

行き詰まったときや、朗報をききたいときはこの浜から海を眺めてきた。


【参照】山口一郎氏について書いた過去記事





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by far-east2040 | 2018-10-27 16:55 | 『偉大なる道』

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この第6巻あたりからだんだん戦闘シーンや共産主義イデオロギーが出てきて、決して読みやすいものではない。
革命とはこういうことかと思いながら読みすすめてきた。

はじめて読んだときはもう十数年前で、そのときは内容はほとんど理解できていなかったと思う。

やっと、太平天国の乱⇒辛亥革命⇒護国戦争⇒大革命(北伐)⇒蒋介石の裏切の流れが整理されてきた感じ。

中心的に書かれているのは、朱徳も軸になって展開された1927年8月1日の南昌蜂起で、この日は現在の中国でも特別な記念日として祝日扱いになっているはず。

この南昌蜂起を起点に、農村での土地分配を本格的に実行していったのだが、どこで読んだかは忘れてしまったが、毛沢東が立案したと理解している。


南昌蜂起は、Wikiで検索すると、背広姿の朱徳が掲載されているように、朱徳の存在が効果的に使われた。

というのは、朱徳は南昌の警察関係や軍官学校も配下におく要人で、雲南軍の将校であり、四川省で軍閥のひとりとして華やかな生活をおくってきた経歴をもち、国民党の指導者としてしか知られていなかったからだ。


この蜂起の準備会議で、共産党関係のそうそうたる顔ぶれの指導者たちが集まったとき、朱徳は発言する毛沢東を薄暗い部屋で眺めた。

朱徳はそれまでは党の指示を受けるだけで発言を控えてきたが、この会議で、多分発言を求められたのだと思う、自分の今までの革命にかける熱い思いを語る。

朱徳と毛沢東が実際に会うのはもっと先だが、この会議でお互い「この男は……」と思わせるものを感じとったのではないだろうか。

ずーっと読んでくると、映画を制作する監督なら、ぜったいそういうシーンにしたいところ。


さて、この南昌蜂起は前半は成功するのだが、後半は圧倒的に優勢な敵の前に悲劇が展開される。

しかし、朱徳たちは粘り強く生き延びていく。

ちなみに、この南昌蜂起に参加した唯一の有名女性は、周恩来夫人だったそうだ。


気になるキーワードは以下になる。


瞿秋白―陳独秀のあとをついで共産党の指導者になった当時有名な作家。容貌は見るからにインテリで病弱な感じがする。政治的な人間ではないことを自覚していたらしい。


土地革命―日本の戦後の農地解放がいかに平和な分配だったか。比較するものではないかも知れないが。


秋収暴動―中国だけのものかしら。


広東省東江地方―孫逸仙の保護のもとに最初に農民組合と農民自衛隊ができた地域


汕頭攻略―周恩来など多数の指導者が敗北して逃避


彭湃―この人のような貴い犠牲者が多かったのだろう。


インテリと労働者・農民の確執―


王佐と袁文才―元匪賊で毛沢東と同盟を結ぶ。


士気―ことを進めていくとき、正当な士気の高さは大前提。


広東コミューン―ソビエトもそうだが、実はいまだにこういう歴史用語がよくわかっていない。


蒋介石―結果的に共産党を刺激して発展させていった要人のひとりに見える。


説得力―プレゼンテーションの力量。手段は何も言葉だけではなく、
    広く文学、芸術、生き方など分野は広い。
    特にその人の生き方が大事?


呉玉蘭―朱徳の夫人だった女性で、敵に無慙な殺され方をしてさらし首にされた。
実は妊娠していて、朱徳は毛沢東の前で大粒の涙を流して泣いたとどこかで読んだ。

    毛沢東も同じような経験をしているのだが、どんな言葉をかけたのかな。
このように夫人が敵に殺された指導者は多い。

井岡山―中国革命の聖地?


朱徳と歌の蒐集―朱徳はほんとに歌や音楽が好きだったようだ。


彭徳懐―富農出身だったらしいが、肉親に恵まれなかったことで何かと苦労したようだ。

    朱徳がもし抗日戦で倒れていたら、この人が司令官になっていたと思う。
どこで中国伝統の基礎教育を受け、共産党を受け入れ、ギリギリのところで反乱を起こして朱徳たちと合流したか、波乱万丈の人生に興味がある。
毛沢東嫌いの人は、この人を軸にして中国革命を理解したらいいのでは。

実際毛沢東に不当な扱いを受けた?

    スメドレーは渋い人、エドガー・スノーはリベラルな男と表現していたが、兵士からの人気もあったそうで、個人的にも一押しの軍人だ。

    死後名誉回復を受けているらしいが、もしそうでなかったら、この本の読者としては納得できない。

    朝鮮戦争にも従軍して、なんと金日成から勲章をもらっている。

    日本では、朝鮮戦争は韓国からみた情報がほとんどで、北朝鮮側からの情報は少ないし、信用できるものがなかなか手に入りにくいと思っている。

    彭徳懐は北朝鮮サイドのことを知っている人物のひとりだったということ。


『偉大なる道』(上)はここで終わる。


このブログの管理人は別に共産主義者でもないし、シンパでもない。

政治的な人間とも思っていないし、中国とか中国人という広すぎて実態がつかみにくいものに愛情を感じるというタイプでもない。

ただ朱徳の生き様に魅力を感じ、建国苦労話に同じアジア人として素直に敬意をもち、困難な時代に生きたスメドレーという女性ジャーナリストが仕上げた大作を蘇らせたいだけ。


隣国中国にいい意味でも悪い意味でも興味をもつ人は、建国苦労話を知っていても損ではないと思うが。

私を例にすれば、たとえば紅軍は中国人民解放軍にその後発展していったのだが、紅軍結成の初志を踏み外していないか考えてみる機会を提供してくれた。


続いて第7巻から『偉大なる道』(下)がはじまるが、餓死に追いやられるような過酷な圧迫を国民党軍から受けたり、それを突破していくシーンが多くて、血なまぐさい展開になる。

蒋介石は、共産党員を封鎖して餓死させようとほんとに考えていたようだ。


まだ道は遠いけれど、この作品のクライマックスと私が思っている長征まで理解しながら少しずつ読みすすめたい。



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by far-east2040 | 2018-10-24 09:00 | 『偉大なる道』

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この巻では、1926年から1927年7月中旬ぐらいまでの期間の軍閥と外国人支配に対する闘争が描かれている。

国民党右派、左派、共産党などの政治的確執は水面下。

蒋介石が北伐軍総司令官として台頭し、歴史に名を残していくプロセスがわかりやすい。

現在の中国が外国からの干渉を警戒し、さけようとする国情も歴史的にみれば理解しやすいと思う。


映画や本になってよく知られている3人の宋姉妹も登場してくる。

映画では長女はお金を愛し、次女は国を愛し、三女は権力を愛したと語られているが、言い得ている。

長女はほとんど政治的に目立つことはなかったけれど、裏で実質的に宋慶齡以外の宋一族を動かしていたのはこの女性といわれている。

気になるキーワードは、


張作霖――満州軍閥で日本陸軍との関係は濃厚。

 

畜妾――孔子の教えでは推奨されていたと読んだことがあるが、確認したことがない。

    軍閥の妾の数の多さにびっくり。


イギリス軍――中国への干渉の仕方が露骨だ。


軍閥の堕落――


万県事件――イギリス軍による中国への4回目の干渉。
  イギリス人は自国の近代史をどう教えられているのか。

      第二次世界大戦が終わったときは同盟国のような関係だったので、それまでのことは帳消しされた感じがする。

      数と露骨さでは、日本軍の方がはるかに上回っていたのはたしかだが……。


葉挺――鉄軍の指導者として活躍


賀竜――鉄軍の指導者のひとりだが、ユニークなキャラと経歴の持ち主。

    現在中国に「賀竜スタジアム」という施設があるのだが、その賀竜のこと。どういうふうに「賀竜」になっていったのか興味が尽きない。


政治指導員――軍指導者だけでなく、政治指導員としての毛沢東、周恩来の名がこのころ浮上してくる。毛沢東は論文を仲間内に発表している。今ならネットで自分の主張をある程度まとめて発信することか。

   

毛沢東と陳独秀の確執


彭湃――農民組織者のひとり。純粋な人だ。


劉伯承――朱徳のように軍閥から共産党に転向した軍指導者。


上海ゼネストーー2回とも周恩来が企画したと。そのとき周恩来も捕まるが、脱走に成功。敵の将校が積極的に追わなかったから。ここで死んでいても不思議ではない人だ。


土地の分配――農民みずからがこのころから始めた。ただし、土地の分配は中国の歴史上民衆蜂
起があれば、必ずしたこと。それを太平天国もある程度やり、中国共産党が徹底的におしすすめることになる。

      

南京事件(1927年)――蒋介石が反革命の態度をとるようになるきっかけになった。      外国が手助けしている?

            

上海虐殺――宋慶齡が怒りを表現する。

      故孫逸仙夫人として初志を貫けた理由のひとつに、周恩来夫妻との水面下の友情があったと読んだことがある。


蒋介石と宋美齡の結婚――宋姉妹の長女宋アイ齢のシナリオですすんだ結婚。大富豪孔祥煕夫人としての地位を利用して、かなり大胆で無節操なふるまいで資産をさらに増やしていった女性。

          

つづいて第6巻は、大虐殺をくぐり抜けた革命側の新たな戦術が展開される。

         


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by far-east2040 | 2018-08-22 20:01 | 『偉大なる道』

第4巻「探求」を読んで

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朱徳がドイツに留学していた、1925年3月12日孫逸仙が北京で亡くなった。
ドイツで、朱徳の仲間たちが追悼会をひらいたことが描写されているのだが、外国の帝国主義者だけでなく、多くの中国人が彼の死をよろこんだというくだりは意外だった。

このころの中国国内の政治情勢の複雑さや階級間の確執を思う。


気になるキーワードの覚書。


孫逸仙―上海で朱徳は実際に会見したのだが、そのときの会話の内容や受けた印象が書かれている。

    孫逸仙と直に向き合った人からの聞き取りの記録としては貴重だと思うのだが。

    存命中は、新聞ではめちゃくちゃに言われてきたようだ。


汪精衛―日本では、世界史の教科書で汪兆銘という名前で出ていたが、受験科目として通過しただけで、ほとんど何も記憶がない人だった。

    この本を読んではじめてどういう人だったかがわかってきた。
会見した朱徳は、好ましく思わなかったようだが。


陳独秀―中国共産党の初代総書記で、当時の進歩的な若者への影響力が大きかった人。
朱徳はヨーロッパへ旅立つまえにこの人に会い、共産党入党を拒否される。
いろいろな朱徳のうわさをきいていたので、陳独秀のその場の対応は責められないと思う。


周恩来―パリで滞在場所の情報を得て、ベルリンで周恩来とはじめて会うシーンは印象に残る。周恩来の容貌や誠実さ、首をかしげて相手の話しをきく癖の描写が的確。

    四川省にそのままとどまっていたら、会うこともなかった?
あらためて行動することの大事さを思う。


ストライキー香港の中国人労働者のストライキはイギリス人労働者からの影響を受けていた?


少年労働―上海の工場での使い捨てのような過酷な少年労働の実態の描写は、ハン・スーインの本ですでに読んでいた。
朱徳やハン・スーインをはじめとする多くの知識人が、この実態を救えるのは中国共産党しかないと当時は考えた。

    きまぐれに書物やカマや鋤を捨てて、一時のはやりの理論に「かぶれた」のではなくて、内面の深いところに動機があることがこの本を読むとわかってくる。


北伐―軍閥や外国の帝国主義者とたたかうために南部の国民党、共産党の枠組みをこえてまとまろうとした。

    有名な蒋介石が頭角をあらわしてくるのだが、複雑な政治情勢が展開される。

    次の第5巻では「大革命」ということばで表現されて、混乱してくる。  

    さっと読んだだけでは、大革命ということばが出てくるたびにたちどまることが多くあり、大革命=北伐と最近やっととらえることができた。


孫科―孫逸仙の息子として少し登場。

   世襲で継げるものは父親と息子の関係だけ?


帝国主義―招かれたドイツ人家庭の調度品に対する観察のするどさ。

     帝国主義とは泥棒行為?


つづいて第5巻「大革命について」では蒋介石をはじめとする反革命のグループによって共産党や大衆運動が弾圧される。


建国にいたる道は険しすぎる。



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by far-east2040 | 2018-07-23 12:31 | 『偉大なる道』

        
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        談笑する朱徳と周恩来(ネットより借用)


蔡鍔(さいがく)がいなかったら、「中国の歴史の流れは、非常にちがったものになっていたであろう」というスメドレーの述懐がやっとわかってきた。

30代の若さで、結核治療のためにむかった日本の九州大学医学部附属病院で亡くなっている。

同じ中国人の仲間がいたこともあると思うが、当時の日本の医学がすすんでいたことも感じる。

蔡鍔の北京脱出を助けたといわれている女性はこの本では登場しないが、男と女ということでいろいろ脚色されて語られているようだ。

忠臣蔵でも大石内蔵助が芸者遊びをしていて「たいそうなことは考えてない」と周囲に思わせていたシーンと似ていると思った。


とにかく、蔡鍔を描いた映画やドラマには朱徳とこの魅力的な女性が出てくることがわかったので、機会があれば観てみたい。

一番新しい映画ではアンディ・ラウという二枚目俳優が蔡鍔を演じている。


朱徳の方は、身辺に大変化が起きた。

貧農から軍人として出世した朱徳が結婚する。

最初の夫人は息子を出産後病死。
その後、理知的な女性と再婚するのだが、殺害されずにずっと生きていたら、いい働きをしていただろうと思う。

この再婚した女性は朱徳の子を産まなかった。

朱徳は、軍閥闘争にまきこまれて、にわかに誕生した軍閥なら当たり前のこととして、この妻がいながら、別の多くの妻や妾をもつ生活をしていたようだ。


気になるキーワードの覚書。

善後借款―鉄路借款、弊制借款につづいてここでも借款だ。

日本の対華21カ条要求

結核―朱徳がいうには知識人階級の病らしい。

土匪―ヨーロッパのバイキング? 

領土が狭い日本ではイメージしにくい。

軍閥の抗争―純粋な国内問題ではない。

四川省―他の省にはないユニークな人材を輩出し、独特の抗争の舞台になっている。客家が多いから?

袁世凱ー光緒帝の暗殺指示は袁世凱がした、と光緒帝自ら死ぬ間際に断定しているらしい。ちょっとびっくり。

    世界史の教科書でしかなじみのない人だったが、要するに傀儡政権? 

帝政―欧米や日本は中国に対して、混乱→帝政もどき→混乱→帝政もどき……を望んでいた? 要するに自分たちの安全が保証されるなら、混乱はのぞましい?

暗殺―国民党をつくった宋教仁が暗殺されていることに衝撃。

蔡鍔―孫逸仙とは日本で面識があったのだろうか。

   痩身ということも結核になりやすかったのか、結核になったから痩身になったのか。

   理論家で理想主義の孫逸仙と緻密な軍事的企画力をもつ蔡鍔の組み合わせが見れなかったのはおしい。

アへン吸飲―アヘン戦争をイギリスの教科書ではどのように記述されているのか興味がある。

少数民族―日本の場合、領土は海に囲まれているが、中国大陸は少数民族の住む地域になる。
島国と大陸との違いを感じる。

水滸伝―朱徳と友情を培った土匪の首領が、口承文学として水滸伝に親しんでいたというくだりに感動。
人はたとえ文字がなくても物語を求めてきたことを思う。

楊森―四川省の軍閥に転向した朱徳の元同志だが、これからも登場してくる。
台湾で運良く長寿をまっとうした人だが、軍閥として、おおいにあばれ、おいしいところを味わってきたように見える。


次の第4巻「探求」ではアヘン中毒を克服して、友人とフランス経由でドイツ留学を実現させる。
蓄えがあったからできたこととはいえ、よく実現させたと思う。

そこで周恩来と出会い、一度は阻まれた共産党に入党することができ、一回り若い周恩来との友情を建国以降も保っていったことになる。

波乱万丈の物語の読者としてはまぶしいものがある。






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by far-east2040 | 2018-06-26 11:35 | 『偉大なる道』

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この巻は有名な辛亥革命に下級指揮官として参加する朱徳が描写されているので、より具体的になって理解がすすんだ。

気になるキーワードを個人的覚書として記録。


読書人階級―イギリスでいえば紳士階級? Koreaでは在地両班?

日英同盟

日本への留学生

日露戦争の勝利―当時の影響力は大きかったようだ。

鉄道技術――今でいえばIT技術か?

科挙の受験資格―清の時代に農民出身で受験したのは朱徳がはじめてでは?

買官

商人―ものだけではなく個人間の現金輸送もになっていた。

機関紙―新聞の発展当初の情報伝達共有など純粋な目的。

鉄路借款

哥老会―血縁関係の強い社会での横のネットワーク?

弊制借款―中央銀行制度設立への介入?

少数民族への偏見意識

蔡鍔―この名前を知っている人は中国史の通?

   淡白な容貌、情熱、行動力、企画力すべて魅力的な人物だ。

外国の干渉への不快感

故郷―聖書には預言者は故郷では嫌われると書いてあったような気がする。

魯迅の作品―「故郷」をふくめてもう一度親しみたいと思った。

新教育―旧社会からの攻撃のすさまじさ。日本では新教育がほとんどストレスなく受け入れられたような気がする。

学問への尊敬―功罪はあるけれど、儒教のよさとして否定できないところ。

脱出―指導者はほとんどみな危機一髪の脱出経験をしている?

目に見えない束縛からの脱出。出口、チャンス……

辛亥革命―歴史を学ぶとはこういうことか……

     トップランナーからアンカーへバトンをつないだ孫逸仙(孫文)の功績を再評価。


つづいて、第3巻「災厄と禍害」では、軍人として官僚として大出世するけれど、身近な人たちの死や辛亥革命後の現実に絶望の日日をすごす朱徳にとってつらい回想になる。

聞き取るスメドレーもしんどかったようだ。


この本ではさらっと書き流しているが、大勢の妻や妾をはじめとして欲しいものはすべて手に入れ、アへン吸飲で現実から逃避し、四川省の軍閥騒動にまきこまれ、悪いうわさも広がる。

毛沢東や周恩来など他の指導者と比べると独特の回り道をしている。

彼の弱さでもあるが、誰からも共産党員とは疑われなかったので、後の展開は有利になった。

深いところから這い上がっていく姿からは受け取りたいものがある。


もともと餓死から救ってもらおうと朱徳ひとりだけ教育を受けさせてきた家族は、金銭的には一応報いを受けたことにはなる。

そのまま軍閥のひとりとして、歴史の血なまぐさい片隅で快楽的な人生を終えていても不思議ではなかった人だ。


エドガー・スノーは、朱徳の読書癖で培われた想像力が次の舞台へと踏み込ませたと分析していた。



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by far-east2040 | 2018-05-14 09:20 | 『偉大なる道』

東アジア全般の興味あるキーワードは以下のようになる。

読んでるときにインスピレーションを受けたのだが、時間があればもっとこだわりたいと思っている。


纏足(てんそく)

弁髪ーー朱徳は最後の弁髪世代のひとり

キリスト教―とくにカトリックは帝国主義とセットになっていたように見える。
      良さもふくめてヨーロッパでの普及の歴史についても

帝国主義―冷静に考えたら詐欺行為、泥棒行為?

土着の宗教―八百万の神様は日本だけではない。

観音様―この人は誰?

星まわりー日本ではあまりきかない?

親族の呼称のこだわり方の違い

科挙―受験にまつわる苦労話、官僚の堕落への誘惑など
笞(むち)刑

旅芸人に対する民衆意識

3代同居の一族意識

商人の開明性、進歩性

農民の借金

口承文学

旅職人

持参金つきの早婚

太平天国

差別―日本の部落差別に相当する差別感情はない?

コーリャンのおかゆーこれだけで生きていけることに驚愕

中国人のKorea観―朱徳は日本に併合されたKoreaを中国の勢力範囲内の国と考えていたようだ。


次回からは第2巻の多感な青年期の回想「革命への道」になる。


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by far-east2040 | 2018-03-28 07:54 | 『偉大なる道』

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うろ覚えだけれど、政治哲学者ハンナ・アーレントの「個人にいったん身についた観念を取りのぞくことはむずかしい」という内容の文章を読んで、静かな納得を得たことがある。


『偉大なる道』は、儒教精神でつちかわれた封建社会から脱皮して、新しい社会を築くために大きな社会変革をおこしながら苦闘した、朱徳と仲間たちの物語ともよめる。

反対勢力との血なまぐさい闘争をへて、この難事業を成功させることができたのは、封建社会で虐げられてきた民衆の共感と支持を得ることができたからだ。

しかし、新しい社会が無信仰・無宗教に根ざしたものなので、その後も問題や弊害が続いていると解釈している。
竹をすぱっと割るようにことは運ばないということ。


朱徳個人に焦点をあてると、旧から新の社会をまたいでいくひとりの男の姿を詳しく記録したものになり、珍しい作品になっている。

こんな本ほかにあるかな。


あらためて儒教とは何かをネットで調べてみたが、「孔子を始祖とする思考・信仰の体系である。紀元前の中国に興り、東アジア各国で2000年以上にわたって強い影響力を持つ

儒教は、五常(仁、義、礼、智、信)という徳性を拡充することにより五倫(父子、君臣、夫婦、長幼、朋友)関係を維持することを教える

とあり、自分の認識とだいたい合う。


「仁、義、礼、智、信」は、一昔前の儒教文化圏ではとくに好まれる漢字で、人物の名前によく使われてきたことからも影響力がうかがわれる。


領土を治める支配者側や、一族にあっては家長、家庭の中では男にとって都合のいい思想体系であったのだろう。だからこんな何世紀にわたって維持できたのかなと思う。

辛亥革命後の混乱時期に、孫逸仙から政権をゆずりうけた悪名高い袁世凱は、儒教を国教にして復活させようとまでした。


魯迅が「死んだ人間のために、いま生きる人間が犠牲になっている」という内容で、儒教批判していた文章を読んで感動したことがある。


建国後、儒教を否定している中国でも、日本や台湾や北朝鮮などでもそれなりに残されている。

しかし、現在、儒教がいちばん根強く残っているのは韓国だ。
これは国自体が認めているし、美点として語られてもいる。


偶然、外野で育ったものから見れば、韓国は儒教精神が形式化されて、徹底されている社会に見えるし、日本の天皇制に似ているようにも感じてきた。

近代天皇家の婚姻をふくむさまざまな儀式のスタイルは、英国の王室のスタイルと儒教精神のミックスチャアに見える。

一方、韓国社会の弊害の原因をつきつめていけば、儒教精神にぶつかるのではないかと考えている。


韓国はキリスト教も盛んで、とくにカトリック信者は日本より多いはず。

個人としてクリスチャンになって儒教から多少自由になっても、一族から完全に距離はおけないせいか、ほのかに儒教の香りがするように感じる。


むかし若いマレーシアからきた女性留学生とよく話しをする機会があったけれど、宗教に関しては日本社会のなんでもありで、ゆるゆるの環境がうらやましいと言われたことがある。

マレー系のマレーシア人はイスラム教から完全に解放されることはないからだった。
イスラム教への疑問を日本でもったのだろうか、髪の毛を隠すスカーフもつけてなかった。


韓国人の儒教の関係もこれとよく似ていると思った。

ただ、韓国人は移動や結婚も信教の自由もあるので、異文化に出会うことで変化していっている感じはする。

儒教の弊害のひとつをあげるとすれば、異常な教育熱ではないか。


個人的には、儒教は博物館の展示物と考えていて、眺めるものとわりきっている。

特異な事情が重なって、ルーツがKoreaにあるにもかかわらず、自覚するかぎり儒教が身についていないし、好きになれないし、それどころか儒教批判する文章に強い共感をおぼえるようでは、どの集団にも帰属感がもてないのはあまりに当然。


『偉大なる道』に話を戻すと、儒教社会を否定することは、政権のトップから末端の民衆の男にとって、伝統的にうけついだ既得権益の半分を女にゆずりわたすことでもあるから、それはそれは大変な変革事業だった。

こういうことは綺麗事ではできなかったはずだと思う。


儒教からとりあえず解放された立ち位置から、ひとり静かに痛みをうけいれる瞬間が好きだ。

今までなんどもしてきたことだ。



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by far-east2040 | 2017-11-29 08:07 | 『偉大なる道』

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最近、元力士と綺麗な顔立ちのアナウンサーを両親にもつ息子が、靴職人というユニークな職業についたという話題を知って、「いい仕事えらんだな」と感心したり、顔立ちや雰囲気が両親に微妙に似ていて、DNAがもたらす不思議さを感じた。


いくつあるかわからないけれど、子が展開していく心身+その後のαは、両親から受けついだものにかなり強く左右されるという確信をもっている。

身辺や、子育てを通じて見えた景色や、見たり聞いたり読んだりを通じて、そう考えるようになってきた。


一昔前は「氏より育ち」という言葉があったが、今は「環境よりDNA」だと思っている。

たまたま両親のどちらかから受けついだDNAの方が、環境よりその人物の人生にあたえる影響力は大きいと思う。

ある人物の秀でた面を考えるとき、どういう両親でどういう環境で育ったかは興味ある情報だ。


「こんなこと当たり前じゃない」と思うのだが、歴史的に根強い差別のもとで、数代続いてきた劣悪な環境を、急ピッチで改善していこうとする運動を近くでながめて以来、懸案事項として頭に残ってきたが確信がもてずにきた。


この運動は、教育環境の改善のために、行政の協力のもとに相当な予算をつぎ込んできた。

行政から予算を合法的かつ持続的に取り込んでいくための理屈として、急速に環境を変えたら問題は解決されると考えていたようにも見えた。

もちろんひとりひとりの学習への動機付けもしていたけれど、限界が感じられるし、当時日本全国どこでもなされていたように、予算をとるために非効率的なお金の使い方をしていたなと振り返られる。

過ぎ去った過去の悪い具体例なんて枚挙にいとまがない。

こういう場では「環境よりDNA」とはいえない雰囲気があった。


それと遺伝に関しては、長男は母親、長女は父親に容貌、雰囲気、「好きなもの、好きなこと」が似ていている傾向が強くて、次男次女はその逆、三男三女以降については情報不足でなんともいえないという自論をもっている。


これを否定する人いるかな? 個人的には8割、9割であたっていると思っている。


『偉大なる道』で朱徳の人生を味わっていると、この遺伝について考えざるを得ない事例を発見することが何度かあった。

朱徳は、何代もつづく農民一族の出身という環境から考えて珍しいほど音楽がそれなりにわかる人だった。

スメドレーもこの件については、母方の影響を考えていた。


「朱家の子たちは、民謡をうたったり、手に入るものならどんな楽器でも鳴らしたりして生長して行ったが、それについては、おそらくチュン家の血が物をいっているのだろう。」


朱徳の母親は旅芸人の娘で、やさしい性格の持ち主でもあり、三男の朱徳は「母親似」と客観的に自分を語っている。

父親はすごく乱暴でむごい人で、朱徳は儒教社会の習いで形式的には敬意をはらっていたが、内心は嫌っていた。
後年は、父親の乱暴さは多くの人民と同じく、封建社会の貧苦のなかで形成されたものと理解し同情していた。


長男は笛や胡琴を上手に演奏できて、記憶力が優れていたので、塾では要領よく勉強して、残りの時間は短い歌を習いおぼえては笛で吹いたりした。

次男は乱暴者で小鳥を殺しては喜んでいるような子で、朱徳を悲しませた。

家族の決断ははやい。


「まったく頭が悪かったので、彼の家ではすぐに彼を退校させ、畑ではたらかせることにした」
という。


三男朱徳は塾で熱心に勉強し、長男の楽器の演奏をききながら、自分でも演奏できるようになった。


朱徳はまじめな人間だ。

その後科挙受験の勉強をしたり、家族への仕送りのために体育の先生になったり、儒教社会の規範の一つ「親への孝行」を「国への孝行」にシフトさせて、軍人になり、辛亥革命で活躍する。

革命後の挫折の日々に、再婚した女性とつかのまの安らぎをえる。


「ユ・チェンは琴を弾じ、朱は笛を吹き胡琴をかなで、後には他の楽器類を買いもとめて修得したが、その中にはオルガンもあった。」


軍人であり、写真を見る限りどこまでも農民らしい粗野な朱徳が、オルガンをひけたなんて想像しにくい。


その後フランスをへてドイツに留学する。

彼の友人たちにとって退屈であるか、大きな音を鳴らす騒音でしかなかった歌劇や演奏会に熱心にかよい、ベートベンが好きになったという。


「朱徳にとっても、演奏会や歌劇は、はじめは、一個のでかい騒音だったが、まずメロディーやモティーフをとらえることができると、やがて全体を貫流する創造的な想像力の調子をとらえることができた。それでも、夜の眠りに入ろうとするときなど、夢うつつの中を、創造の朝とか軍隊の行進とか人間の必死の奮闘、そうしたものを思わせる雄大なもののひびきが流れるのであった。」


ドイツで政治活動を続ける朱徳は3回警察につかまり、2回は領事館が介入してすぐに釈放された。
3回目のときも楽観して拘禁生活を楽しんで睡眠不足をとりもどした。


「……毎朝、守衛が私の小さな房に入ってきて、うすいコーヒーの入ったブリキ缶と黒パンの一かたまりを置いた。私はそれを平らげると、運動をやり、しばらく歌をうたって暇つぶしをし、それからまた寝た。……」


ちょっとしたミュージカルを思わせる。

『偉大なる道』での名シーンのひとつととらえている。


土地革命を実施していくなか、ある地方では、貧苦のため男たちが海外に出稼ぎに出て、残された女たちは男の仕事をしながら、たくさんの「恋慕の歌」をつくった。
なかでも「いとしい人」という言葉ではじまる歌を聞いた兵士は、自らの境遇を重ねてすすり泣いたらしい。


「朱将軍はたちあがって、私の部屋の小さいオルガンのそばにゆき、この民謡をうたいはじめたーー」


朱徳はなんと弾き語りができた! 両手で弾けたのかな。

朱徳とスメドレーと通訳の3人と音楽が流れる名シーンだ。


やがて、毛沢東の軍と合流し、井岡山を拠点にして紅軍を結成したのだが、忙しいあいまをぬって、朱徳ならではのことをしている。


「井岡山にいるあいだに、朱将軍は、紅軍がつかっていた歌をあつめ、それをふやすのに一生けんめいになりはじめた。1937年には、これらの歌は、彼の上着のポケットに、たやすくすべりこませることができるくらいの大きさの、およそ2百ページの小さな本になっていた。この本は、ページのすみが、めちゃくちゃに折れ、手あかでよごれ、あるページは、ほとんど読めなくなっていた。」


朱徳のこのノートはいまどこで保管されているのかな。

この本には当時のことだから、とうぜん『インターナショナル』も入っている。

中国映画『黄色い大地』で若い紅軍の兵士が地方の寒村にやってきたのは、貴重な歌を収集するためだったはず。
朱将軍もすすめているという内容のセリフがあったと記憶している。

すべてがつながってゆく。


「インキのしみだらけの色あせた赤い布の表紙をし、粗末なとじ方をした、この小さな歌の本を、やさしくなでまわしながら、朱将軍は、井岡山のあらあらしい岩山や、青々とした緑の谷、竹の林や、もみの森、潅木とかぐわしいさまざまな花、ほとんど一年中、山々をつつんでいる白い雲などを、じっと思いうかべていた。」


民俗学者のようなことをしている!


当時は人民が歌をうたうということはほとんどなかったらしい。


「……まさに革命こそが、人民のエネルギーを解き放ち、ありとあらゆる歌を生み出せた。

……人民に合唱することを教えたのは、紅軍であった。

……」


こういうことは朱徳だけの功績ではないが、ずっと見てくると、朱徳の母親の影響はゼロとはいえない。

「環境よりDNA」の影響の方が強いと思っているが、それだけで人生は決まらないこともわかっているので悲観することもない。

ただ震災以降、このDNAが外部から攻撃を受ける時代になったということで、より複雑になってきている感じがして気分は暗い。



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by far-east2040 | 2017-11-04 11:42 | 『偉大なる道』

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先日、2017年のノーベル文学賞にイギリス人のカズオ・イシグロ氏が選ばれたことを知ったが、いつだったか『日の名残り』を読んで感銘を受けことを思い出した。
イギリス上流階級での執事という裏方の職業にすごく興味をいだかせてくれたし、こういうイギリス伝統社会を、5歳からイギリスに住み始めた人が描けることに驚いた。


中学生のころ好きだった本のひとつ『大地』の作者パール・バックもノーベル賞を受賞している。
彼女もイシグロ氏と似た立場で、中国の農民一家の姿を描いている。
どちらも、両親や生まれた環境を考えると、書けそうには思えない世界を対象にしている感じがした。


今から書こうとしている軍閥というキーワードは、実は『大地』三部作ではじめて知って、よくわからない言葉でもあった。
貧農の主人公がのし上がっていき、息子たちは富裕な人生を歩むなか、末の息子は家を飛び出して軍閥になった。
この軍閥になった息子は自分の息子に跡をつがせようとするが、この息子は争いを好まず、親に反抗して、つつましい農民であった祖父の人生にひかれてゆく。

なんかこんな話だったと記憶している。


語るにはむずかしい軍閥だが、『偉大なる道』を読むと具体的になってほんの少し見えてくる。


財閥、学閥、閨閥、軍閥と閥がつくことばはいい意味では使われない。
排他的な集団になる。


1937年にスメドレーは朱徳に聞き取りをしていたのだが、軍閥時代については、彼女ですらややこしいと思ったので、早く終わらせようとして、始まりと終わりの時期だけをきこうとした。


「それは袁世凱とともに始まったが、今日もなお終了してはいない」と彼は答えた。


軍閥を私なりにまとめると、1920年代ごろ、帝国主義諸国から金銭や武器供給の後押しを受けて、おのれの名誉欲、出世欲、金銭欲をみたすために一定の地盤を支配下において、民衆から税金という名目で金をしぼりとる。
地盤を維持していくために、他の軍閥と同盟を結んだり、裏切られたりして、血なまぐさい抗争はつづく。


孫逸仙の民族革命に同調し国民党員になっていた軍人も、彼が亡くなると、軍閥への誘惑に勝てず、革命を捨て軍閥の権力争いに加わる。


結局外国勢力と銀行家に支えられた蒋介石と仲間の軍閥によって、孫逸仙がきずいてきた民族主義者の側は敗北ばかりする。

地方ごとに勢力をのばして支配している地方軍閥は、必ず外国の勢力によって支えられている。
北京をふくむ北部は日本帝国主義によって支えられていて、南部はヨーロッパの諸勢力のようだ。

みんな金で買収されたということだ。


表面的な同盟や義理、友情でつながってはいるが、最後はみな裏切られる感じがする。


日本をふくむイギリス、フランス、ドイツなどの帝国主義諸国がからんでいるところが軍閥理解のためのキーポイントだと思う。


朱徳も出世欲、名誉欲、権力欲などの誘惑は大きかったと語る。

相手が差し出すジャラジャラ鳴る洋銀の魅力に打ち勝つのはむずかしかったようだ。


朱徳でも挫折の日々に、甥を自分の軍隊内の士官学校にいかせてゆくゆくはと配慮したことがあって、スメドレーは「軍閥めいたこと」と表現している。


スメドレーは、革命途上の朱徳が他の指導者にない謙虚さをもっていたのは、彼の経歴に四川省で軍閥闘争にまきこまれ、自身もそれに近いような生活をおくっていたことが、コンプレックスのひとつになっていたからだろうと推測している。


日本帝国主義と関係が深い軍閥は多いが、有名なのは中国東北部を支配していた張作霖で、結局日本の軍部によって爆破されて亡くなった。

この爆破事件に協力した父の配下の将校を、息子の張学良はすぐに殺した。
やがて内戦なんかしてるときじゃないと、共産党と協力して日本と戦うために西安事件で蒋介石を監禁し、国共合作へと歴史をすすめていく。


軍閥のトップになる人は一族意識の強い当時の中国にあって、何らかの理由でその集団からはみ出したものが多いように思う。
理由のほとんどは貧困からの脱出だろう。

軍閥のトップになると、その人より上の世代のつながりは薄くなり、自分が家系図でいえば起点になる感じもする。

だから必ず自分の息子もしくは身内に跡を継がせようとする。


軍閥を理解するための2つ目のキーポイントは、身内で固めていこうとするところではないか。


現在の大国中国は問題山積みの国で、軍事的にも周辺国にとっては信用できないところがあるけれど、国のトップは建国以来世襲は一切ない。
「反軍閥」は中国革命の看板のひとつだ。
外国からの干渉を極度に避けているように、世襲は国として否定する共産主義国家としての常識はふまえている感じがする。


では現在の北朝鮮はどうかといえば、これは旧き時代の軍閥の慣習を引き継いでいる。
身内以外信用できないので、自分の地盤を自分の息子に引き継がせる。
この本に出てくる軍閥のやり方そのものだ。

一代目の金日成はソ連の後押しのもと登場してきて、それ以来世襲。

東北満州地域の軍閥張作霖と似たようなもので、北朝鮮は軍閥政治をしていて、国とはいえない感じがする。


朱徳は戦前戦中の帝国主義国としての日本のことも「日本軍閥」と表現している箇所があり、意外だった。
トップは当然「ヒロヒト」だ。

そういえば、明治維新も諸外国が悪役としてではなく、からんでいる。

日本の近代史はあまり詳しく知らないけれど、軍閥という言葉を意識しながら見ていくと、また違ったふうに解釈できそうな感じがする。


外国からの干渉を切れず、周辺国とは秘密裏に同盟をむすんだり、裏切ったりして関係がころころ変わり、トップが世襲の国は軍閥政権の延長と考えていいのではないか。



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by far-east2040 | 2017-10-12 21:14 | 『偉大なる道』