カテゴリ:『偉大なる道』( 23 )

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            蒋介石夫妻(『抗日解放の中国』より借用)


この巻は1930年10月末ごろから開始された蒋介石による「紅匪」討伐作戦に対して紅軍や共産党がどういうふうに抵抗していったかが描かれている。


蒋介石は、じわりじわりと侵略してくる日本軍と対峙するまえに、なにがなんでも「紅匪」をこの中国の領土から消し去りたいと考えていた。


このころの蒋介石の「日本軍は皮膚病、共産党は重い内蔵疾患」という文言はよく知られている。


その作戦は数回にわたったが、すべて失敗している。

末端の兵士や将校の士気や動機付けの低さが原因に思われる。

蒋介石側の末端の兵士ひとりひとりの内面を見れば、あてがわれた武器で同族の相手を殺す個人的理由がほとんどない。

そこで将兵にとっては人為的に駆り立てられるものが必要。

相手が自分と同じ同胞、人間だと考えたら絶対できないので、残酷な心理的手法が使われた。


気になるキーワード

撤退―紅軍は、敵の兵力が大きすぎて、味方の兵士の犠牲に耐えられないと判断したときは、撤退している。


紅軍内部の矛盾・衝突―


食糧不足―兵士は1日2食に耐え、自ら荒野を耕しはじめた。


報告書―現場から朱徳にもたらされた様々な報告書に感心。

    敵のなかの「味方」からのものもあった。

    彭徳懐による簡潔な文体は性格と教養がにじみ出ている。


武器―紅軍は軍閥や蒋介石の軍(のちには日本軍)から奪い取った武器や軍事品で武装していくのだが、どこの国のメーカーのものか興味がある。


続いて第9巻は個人的に大好きな長征が描かれる。

結果的にみれば、日本軍の侵略行為の功罪が見てとれる。

功とは、共産党側の国民党側への統一戦線結成への呼びかけに成功していったこと。

一握りの特権層を別にして、農民から学生や知識人まで大勢が、抗日民族統一戦線を希求していくことになったから。



by far-east2040 | 2019-01-28 09:00 | 『偉大なる道』

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はるか昔、テレビで放送されたドキュメンタリー番組で観た、毛沢東が天安門から中華人民共和国の建国を国内外にむけて宣言するシーンが印象に残っている。
その天安門を囲むように、一様に見える若い男女が身動きとれないほど陶酔して群らがっていた。

数の多さと熱気に圧倒されると同時に、「これだけの人をいったいどこから動員してきたのか」とどこか覚めた感想ももった。


この巻では土地の分配を通して農民の支持を得る道筋が描かれ、建国時の若者の熱気の一部を理解する手立てになった。


中国の近代史に興味をもつまでは、中華人民共和国が建設されてはじめて農民への土地分配が強行されたと考えていた。


気になるキーワード


文盲 

紅軍の若者がたいてい文盲だったらしいが、日本では中国ほど文盲はいなかったように思うが。朝鮮半島もそうだ。平仮名、カタカナ、ハングルの存在のせいか。

中国の文盲対策は大変。毛沢東は漢字をやめてアルファベットの導入も考えていたようだ。
庶民から見れば漢字修得のハードルは高かった。

これに成功したのはベトナムだ。韓国や北朝鮮も?


過去の教訓

過去の中国軍、蒙古軍、大平軍が使った戦術を紅軍は活用した。


日本製の兵器工場


日本製のミシン

軍閥から取り上げたミシンがどこのメーカーだろうかと調べてみたが、ブラザーかな?

長征のときも職人がミシンをかついで参加し、紅軍兵士の服を縫った。

ミシンがもたらした恩恵は大きい。


彭徳懐の実践 

朱徳と毛沢東と分かれてから悲惨な状況をくぐりぬけて、合流するためにふたりを探すが見つからず、とうとう殺されたと判断した。

彭徳懐のすごいのは、あきらめず自分で紅軍をつくったところ。

歴史が英雄をつくることを再認識。


タングステン鉱山

外国が侵略してくる本来の動機は天然資源の争奪?


トロッキスト

この種の専門用語は苦手だ。  


朱毛に鼓舞される農民 

朱徳の夫人の康克清も紅軍に入るまで、伝説上の人物「朱毛」はただひとりの人物だと信じていたと。

伝説上の人物「朱毛」が起こす奇跡は、聖書に出てくる奇跡の描写に似ていて、イエス・キリストのこともあれこれ考えさせられた。

スメドレーは福音書を残したマタイやルカと純粋な動機というところで重なる?


杜甫

朱徳は杜甫が中国最大の古典的詩人という。

文字をもっている民族の強み。


囚人の解放

囚人には二通りあると。


福建省と日本軍

この巻あたりから、日本軍の圧力行為が登場してくる。


マラリア

毛沢東も周恩来も一度はかかって生死をさまよった。

朱徳の病気知らずの身体が際立つ。


林彪 

この人をどう評価していいのかわからない。

朱徳の信頼があつい参謀のひとり。功績は大きい。
建国後の飛行機墜落事故云々はよくわからない。

どういう人だったのかな。


土地事情の調査

毛沢東によって、農民に土地を分配するために実施。

韓国併合後の有名な土地調査事業も農民から土地を取り上げると

いう形にはなったが、本来は税収入を効率よく整然ともっていくための

植民地行政の政策と考えているが。

結果的に既得権益をもっていた階級を没落させた?


康克清 

朱徳の最後の夫人だけれど、さほど海外で紹介されることはなかったら

しい。射撃の名手で、長征ものりきった強者だ。

毛沢東の最後の夫人江青の方が有名になってしまったし、海外のメ

ディアもこの女性を叩くと活字も映像も売れるし、実際何かと話題を

まいてくれた。
    

李立三路線との対立

革命運動の拠点を農村から工業地帯に移すという李立三の方針と朱徳

たちは対立。


農民と工業労働者

スメドレーによる両者の特質の考察が興味深い。

         

次の第8巻は、外国に後押しされた蒋介石の紅軍への圧迫が最高潮に達

し、農民の支持を受けた紅軍は、いよいよ長征への助走の展開になって

いく。



by far-east2040 | 2019-01-02 09:00 | 『偉大なる道』

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大阪でアジア図書館を運営している市民団体アジアセンター21の代表をなさっていた山口一郎氏が亡くなったことは、当時購読していた新聞の訃報欄で知った。

たしか、学会が何かの出席のために中国に滞在していたときに、ホテルで入浴中に亡くなられたと記憶している。

2000年の秋、84歳という高齢での旅先からの知らせだった。

存じ上げている人の名前を新聞の訃報欄で見つけるなんてことは、はじめてだったと思う。

私が、未練や解放感など複雑な感情を秘めて市民団体アジアセンター21を辞めたのは、その亡くなられる5年ほど前だった。

その際に、労をねぎらう言葉を直接かけていただいたことは決して忘れていない。


「韓国をふくめて中国と日本がむきあって何かやれないかと考えている」

正確にはもう覚えていないが、おだやかな声でこういう趣旨のことをいってくださっていた。


山口氏は、アジアセンター21の理念を表象する代表ということで、実際の現場にはほとんど顔を見せることはなかった。

年に数回講演者として接するぐらいで、ことばを直接かわすこともなく、末端のスタッフと代表という関係でしかなく、離れたところで静かに眺めていたような気がする。


「企業にまわって寄付を集めるような器用なことができないため、現場で働く人に苦労をかけている」という内容のことを、直接か間接か忘れたけれど、一度聞いたことはある。


働いていたころは、山口一郎氏は関西大学文学部名誉教授と孫文の研究家としてしかあまり知らなかった。

調べてみると、1915年に中国の撫順市で生まれ、東京大学文学部中国哲学科を卒業されている。

戦争には行かなかったのだろうか?

なぜ孫文? 

どうして1915年に中国で生まれたのかな?

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そんな山口氏に「再会」したのは、子育てが落ち着いて自分の時間がとれだしたころ、地域の図書館で借りた1冊の本がきっかけだった。

築地書館から2000年に出版された『孫文 百年先を見た男』に、山口氏に著者が直接取材している箇所があり、ページの中に山口氏の顔写真ものせていた。

奇しくも、山口氏が突然亡くなった年に出版されたことになっている。

孫文の人と功績について書かれた一般向けの本はあまり見当たらないことを思うと、この本は読みやすくて貴重だ。


月日が流れ、限られた時間のなかで好きなことを選んでいったら、いつのまにか自分の言葉の世界に孫逸仙(孫文)を取り込み、自分の言葉で理解するという作業をしていることになる。

それから、孫文の理念を実現させていく朱徳の生き様を知り、ふたりが生きた困難な時代を追体験している。

その際、できるだけ東アジアの国境の垣根は取り払いたいと考えてきた。

『偉大なる道』を読み進めると、あらためて孫逸仙(孫文)の功績を認識する。


いま手元に2011年に再編集して出版された『孫文 百年先を見た男』の文庫本があるが、著者が

「先生にとって、孫文とは結局なんですか」

とたずねると、

「孫文の偉さは、最初はわからなかった。背後にある学識の広さと、人間と社会に対する考え方がわかってくるにつれて、大変な人だと思うようになりました」

と答えている。


つづいて神戸市垂水区の舞子の浜にある孫中山記念館(移情閣)の館長や、大阪のボランティア組織、アジアセンター21の代表を無報酬でつとめていることなどが書かれていて、

「孫文が夢見たように、日本、中国、それに朝鮮半島の人たちも、お互い顔を向きあっての交流を深め、平和を確かなものにできないものですかね」


と語ったことを紹介している。
その文面に何回か目をとおすうちに、今まで読み過ごしていたところがあまりに唐突すぎて妙に気になり始めた。

……点と点がつながった感じ。


孫文と朝鮮半島はほとんど接点がないので、他の研究者なら別にふれないし、ふれなくても別に無視しているような文の流れではない。

ここで、「朝鮮半島の人たち」という言葉を出された山口氏に深い感謝の念を表したいと思った。


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いま自宅に移情閣の絵葉書を額にいれて飾っている。

行き詰まったときや、朗報をききたいときはこの浜から海を眺めてきた。


【参照】山口一郎氏について書いた過去記事





by far-east2040 | 2018-10-27 16:55 | 『偉大なる道』

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この第6巻あたりからだんだん戦闘シーンや共産主義イデオロギーが出てきて、決して読みやすいものではない。
革命とはこういうことかと思いながら読みすすめてきた。

はじめて読んだときはもう十数年前で、そのときは内容はほとんど理解できていなかったと思う。

やっと、太平天国の乱⇒辛亥革命⇒護国戦争⇒大革命(北伐)⇒蒋介石の裏切の流れが整理されてきた感じ。

中心的に書かれているのは、朱徳も軸になって展開された1927年8月1日の南昌蜂起で、この日は現在の中国でも特別な記念日として祝日扱いになっているはず。

この南昌蜂起を起点に、農村での土地分配を本格的に実行していったのだが、どこで読んだかは忘れてしまったが、毛沢東が立案したと理解している。


南昌蜂起は、Wikiで検索すると、背広姿の朱徳が掲載されているように、朱徳の存在が効果的に使われた。

というのは、朱徳は南昌の警察関係や軍官学校も配下におく要人で、雲南軍の将校であり、四川省で軍閥のひとりとして華やかな生活をおくってきた経歴をもち、国民党の指導者としてしか知られていなかったからだ。


この蜂起の準備会議で、共産党関係のそうそうたる顔ぶれの指導者たちが集まったとき、朱徳は発言する毛沢東を薄暗い部屋で眺めた。

朱徳はそれまでは党の指示を受けるだけで発言を控えてきたが、この会議で、多分発言を求められたのだと思う、自分の今までの革命にかける熱い思いを語る。

朱徳と毛沢東が実際に会うのはもっと先だが、この会議でお互い「この男は……」と思わせるものを感じとったのではないだろうか。

ずーっと読んでくると、映画を制作する監督なら、ぜったいそういうシーンにしたいところ。


さて、この南昌蜂起は前半は成功するのだが、後半は圧倒的に優勢な敵の前に悲劇が展開される。

しかし、朱徳たちは粘り強く生き延びていく。

ちなみに、この南昌蜂起に参加した唯一の有名女性は、周恩来夫人だったそうだ。


気になるキーワードは以下になる。


瞿秋白―陳独秀のあとをついで共産党の指導者になった当時有名な作家。容貌は見るからにインテリで病弱な感じがする。政治的な人間ではないことを自覚していたらしい。


土地革命―日本の戦後の農地解放がいかに平和な分配だったか。比較するものではないかも知れないが。


秋収暴動―中国だけのものかしら。


広東省東江地方―孫逸仙の保護のもとに最初に農民組合と農民自衛隊ができた地域


汕頭攻略―周恩来など多数の指導者が敗北して逃避


彭湃―この人のような貴い犠牲者が多かったのだろう。


インテリと労働者・農民の確執―


王佐と袁文才―元匪賊で毛沢東と同盟を結ぶ。


士気―ことを進めていくとき、正当な士気の高さは大前提。


広東コミューン―ソビエトもそうだが、実はいまだにこういう歴史用語がよくわかっていない。


蒋介石―結果的に共産党を刺激して発展させていった要人のひとりに見える。


説得力―プレゼンテーションの力量。手段は何も言葉だけではなく、
    広く文学、芸術、生き方など分野は広い。
    特にその人の生き方が大事?


呉玉蘭―朱徳の夫人だった女性で、敵に無慙な殺され方をしてさらし首にされた。
実は妊娠していて、朱徳は毛沢東の前で大粒の涙を流して泣いたとどこかで読んだ。

    毛沢東も同じような経験をしているのだが、どんな言葉をかけたのかな。
このように夫人が敵に殺された指導者は多い。

井岡山―中国革命の聖地?


朱徳と歌の蒐集―朱徳はほんとに歌や音楽が好きだったようだ。


彭徳懐―富農出身だったらしいが、肉親に恵まれなかったことで何かと苦労したようだ。

    朱徳がもし抗日戦で倒れていたら、この人が司令官になっていたと思う。
どこで中国伝統の基礎教育を受け、共産党を受け入れ、ギリギリのところで反乱を起こして朱徳たちと合流したか、波乱万丈の人生に興味がある。
毛沢東嫌いの人は、この人を軸にして中国革命を理解したらいいのでは。

実際毛沢東に不当な扱いを受けた?

    スメドレーは渋い人、エドガー・スノーはリベラルな男と表現していたが、兵士からの人気もあったそうで、個人的にも一押しの軍人だ。

    死後名誉回復を受けているらしいが、もしそうでなかったら、この本の読者としては納得できない。

    朝鮮戦争にも従軍して、なんと金日成から勲章をもらっている。

    日本では、朝鮮戦争は韓国からみた情報がほとんどで、北朝鮮側からの情報は少ないし、信用できるものがなかなか手に入りにくいと思っている。

    彭徳懐は北朝鮮サイドのことを知っている人物のひとりだったということ。


『偉大なる道』(上)はここで終わる。


このブログの管理人は別に共産主義者でもないし、シンパでもない。

政治的な人間とも思っていないし、中国とか中国人という広すぎて実態がつかみにくいものに愛情を感じるというタイプでもない。

ただ朱徳の生き様に魅力を感じ、建国苦労話に同じアジア人として素直に敬意をもち、困難な時代に生きたスメドレーという女性ジャーナリストが仕上げた大作を蘇らせたいだけ。


隣国中国にいい意味でも悪い意味でも興味をもつ人は、建国苦労話を知っていても損ではないと思うが。

私を例にすれば、たとえば紅軍は中国人民解放軍にその後発展していったのだが、紅軍結成の初志を踏み外していないか考えてみる機会を提供してくれた。


続いて第7巻から『偉大なる道』(下)がはじまるが、餓死に追いやられるような過酷な圧迫を国民党軍から受けたり、それを突破していくシーンが多くて、血なまぐさい展開になる。

蒋介石は、共産党員を封鎖して餓死させようとほんとに考えていたようだ。


まだ道は遠いけれど、この作品のクライマックスと私が思っている長征まで理解しながら少しずつ読みすすめたい。



by far-east2040 | 2018-10-24 09:00 | 『偉大なる道』

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この巻では、1926年から1927年7月中旬ぐらいまでの期間の軍閥と外国人支配に対する闘争が描かれている。

国民党右派、左派、共産党などの政治的確執は水面下。

蒋介石が北伐軍総司令官として台頭し、歴史に名を残していくプロセスがわかりやすい。

現在の中国が外国からの干渉を警戒し、さけようとする国情も歴史的にみれば理解しやすいと思う。


映画や本になってよく知られている3人の宋姉妹も登場してくる。

映画では長女はお金を愛し、次女は国を愛し、三女は権力を愛したと語られているが、言い得ている。

長女はほとんど政治的に目立つことはなかったけれど、裏で実質的に宋慶齡以外の宋一族を動かしていたのはこの女性といわれている。

気になるキーワードは、


張作霖――満州軍閥で日本陸軍との関係は濃厚。

 

畜妾――孔子の教えでは推奨されていたと読んだことがあるが、確認したことがない。

    軍閥の妾の数の多さにびっくり。


イギリス軍――中国への干渉の仕方が露骨だ。


軍閥の堕落――


万県事件――イギリス軍による中国への4回目の干渉。
  イギリス人は自国の近代史をどう教えられているのか。

      第二次世界大戦が終わったときは同盟国のような関係だったので、それまでのことは帳消しされた感じがする。

      数と露骨さでは、日本軍の方がはるかに上回っていたのはたしかだが……。


葉挺――鉄軍の指導者として活躍


賀竜――鉄軍の指導者のひとりだが、ユニークなキャラと経歴の持ち主。

    現在中国に「賀竜スタジアム」という施設があるのだが、その賀竜のこと。どういうふうに「賀竜」になっていったのか興味が尽きない。


政治指導員――軍指導者だけでなく、政治指導員としての毛沢東、周恩来の名がこのころ浮上してくる。毛沢東は論文を仲間内に発表している。今ならネットで自分の主張をある程度まとめて発信することか。

   

毛沢東と陳独秀の確執


彭湃――農民組織者のひとり。純粋な人だ。


劉伯承――朱徳のように軍閥から共産党に転向した軍指導者。


上海ゼネストーー2回とも周恩来が企画したと。そのとき周恩来も捕まるが、脱走に成功。敵の将校が積極的に追わなかったから。ここで死んでいても不思議ではない人だ。


土地の分配――農民みずからがこのころから始めた。ただし、土地の分配は中国の歴史上民衆蜂
起があれば、必ずしたこと。それを太平天国もある程度やり、中国共産党が徹底的におしすすめることになる。

      

南京事件(1927年)――蒋介石が反革命の態度をとるようになるきっかけになった。      外国が手助けしている?

            

上海虐殺――宋慶齡が怒りを表現する。

      故孫逸仙夫人として初志を貫けた理由のひとつに、周恩来夫妻との水面下の友情があったと読んだことがある。


蒋介石と宋美齡の結婚――宋姉妹の長女宋アイ齢のシナリオですすんだ結婚。大富豪孔祥煕夫人としての地位を利用して、かなり大胆で無節操なふるまいで資産をさらに増やしていった女性。

          

つづいて第6巻は、大虐殺をくぐり抜けた革命側の新たな戦術が展開される。

         


by far-east2040 | 2018-08-22 20:01 | 『偉大なる道』

第4巻「探求」を読んで

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朱徳がドイツに留学していた、1925年3月12日孫逸仙が北京で亡くなった。
ドイツで、朱徳の仲間たちが追悼会をひらいたことが描写されているのだが、外国の帝国主義者だけでなく、多くの中国人が彼の死をよろこんだというくだりは意外だった。

このころの中国国内の政治情勢の複雑さや階級間の確執を思う。


気になるキーワードの覚書。


孫逸仙―上海で朱徳は実際に会見したのだが、そのときの会話の内容や受けた印象が書かれている。

    孫逸仙と直に向き合った人からの聞き取りの記録としては貴重だと思うのだが。

    存命中は、新聞ではめちゃくちゃに言われてきたようだ。


汪精衛―日本では、世界史の教科書で汪兆銘という名前で出ていたが、受験科目として通過しただけで、ほとんど何も記憶がない人だった。

    この本を読んではじめてどういう人だったかがわかってきた。
会見した朱徳は、好ましく思わなかったようだが。


陳独秀―中国共産党の初代総書記で、当時の進歩的な若者への影響力が大きかった人。
朱徳はヨーロッパへ旅立つまえにこの人に会い、共産党入党を拒否される。
いろいろな朱徳のうわさをきいていたので、陳独秀のその場の対応は責められないと思う。


周恩来―パリで滞在場所の情報を得て、ベルリンで周恩来とはじめて会うシーンは印象に残る。周恩来の容貌や誠実さ、首をかしげて相手の話しをきく癖の描写が的確。

    四川省にそのままとどまっていたら、会うこともなかった?
あらためて行動することの大事さを思う。


ストライキー香港の中国人労働者のストライキはイギリス人労働者からの影響を受けていた?


少年労働―上海の工場での使い捨てのような過酷な少年労働の実態の描写は、ハン・スーインの本ですでに読んでいた。
朱徳やハン・スーインをはじめとする多くの知識人が、この実態を救えるのは中国共産党しかないと当時は考えた。

    きまぐれに書物やカマや鋤を捨てて、一時のはやりの理論に「かぶれた」のではなくて、内面の深いところに動機があることがこの本を読むとわかってくる。


北伐―軍閥や外国の帝国主義者とたたかうために南部の国民党、共産党の枠組みをこえてまとまろうとした。

    有名な蒋介石が頭角をあらわしてくるのだが、複雑な政治情勢が展開される。

    次の第5巻では「大革命」ということばで表現されて、混乱してくる。  

    さっと読んだだけでは、大革命ということばが出てくるたびにたちどまることが多くあり、大革命=北伐と最近やっととらえることができた。


孫科―孫逸仙の息子として少し登場。

   世襲で継げるものは父親と息子の関係だけ?


帝国主義―招かれたドイツ人家庭の調度品に対する観察のするどさ。

     帝国主義とは泥棒行為?


つづいて第5巻「大革命について」では蒋介石をはじめとする反革命のグループによって共産党や大衆運動が弾圧される。


建国にいたる道は険しすぎる。



by far-east2040 | 2018-07-23 12:31 | 『偉大なる道』

        
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        談笑する朱徳と周恩来(ネットより借用)


蔡鍔(さいがく)がいなかったら、「中国の歴史の流れは、非常にちがったものになっていたであろう」というスメドレーの述懐がやっとわかってきた。

30代の若さで、結核治療のためにむかった日本の九州大学医学部附属病院で亡くなっている。

同じ中国人の仲間がいたこともあると思うが、当時の日本の医学がすすんでいたことも感じる。

蔡鍔の北京脱出を助けたといわれている女性はこの本では登場しないが、男と女ということでいろいろ脚色されて語られているようだ。

忠臣蔵でも大石内蔵助が芸者遊びをしていて「たいそうなことは考えてない」と周囲に思わせていたシーンと似ていると思った。


とにかく、蔡鍔を描いた映画やドラマには朱徳とこの魅力的な女性が出てくることがわかったので、機会があれば観てみたい。

一番新しい映画ではアンディ・ラウという二枚目俳優が蔡鍔を演じている。


朱徳の方は、身辺に大変化が起きた。

貧農から軍人として出世した朱徳が結婚する。

最初の夫人は息子を出産後病死。
その後、理知的な女性と再婚するのだが、殺害されずにずっと生きていたら、いい働きをしていただろうと思う。

この再婚した女性は朱徳の子を産まなかった。

朱徳は、軍閥闘争にまきこまれて、にわかに誕生した軍閥なら当たり前のこととして、この妻がいながら、別の多くの妻や妾をもつ生活をしていたようだ。


気になるキーワードの覚書。

善後借款―鉄路借款、弊制借款につづいてここでも借款だ。

日本の対華21カ条要求

結核―朱徳がいうには知識人階級の病らしい。

土匪―ヨーロッパのバイキング? 

領土が狭い日本ではイメージしにくい。

軍閥の抗争―純粋な国内問題ではない。

四川省―他の省にはないユニークな人材を輩出し、独特の抗争の舞台になっている。客家が多いから?

袁世凱ー光緒帝の暗殺指示は袁世凱がした、と光緒帝自ら死ぬ間際に断定しているらしい。ちょっとびっくり。

    世界史の教科書でしかなじみのない人だったが、要するに傀儡政権? 

帝政―欧米や日本は中国に対して、混乱→帝政もどき→混乱→帝政もどき……を望んでいた? 要するに自分たちの安全が保証されるなら、混乱はのぞましい?

暗殺―国民党をつくった宋教仁が暗殺されていることに衝撃。

蔡鍔―孫逸仙とは日本で面識があったのだろうか。

   痩身ということも結核になりやすかったのか、結核になったから痩身になったのか。

   理論家で理想主義の孫逸仙と緻密な軍事的企画力をもつ蔡鍔の組み合わせが見れなかったのはおしい。

アへン吸飲―アヘン戦争をイギリスの教科書ではどのように記述されているのか興味がある。

少数民族―日本の場合、領土は海に囲まれているが、中国大陸は少数民族の住む地域になる。
島国と大陸との違いを感じる。

水滸伝―朱徳と友情を培った土匪の首領が、口承文学として水滸伝に親しんでいたというくだりに感動。
人はたとえ文字がなくても物語を求めてきたことを思う。

楊森―四川省の軍閥に転向した朱徳の元同志だが、これからも登場してくる。
台湾で運良く長寿をまっとうした人だが、軍閥として、おおいにあばれ、おいしいところを味わってきたように見える。


次の第4巻「探求」ではアヘン中毒を克服して、友人とフランス経由でドイツ留学を実現させる。
蓄えがあったからできたこととはいえ、よく実現させたと思う。

そこで周恩来と出会い、一度は阻まれた共産党に入党することができ、一回り若い周恩来との友情を建国以降も保っていったことになる。

波乱万丈の物語の読者としてはまぶしいものがある。






by far-east2040 | 2018-06-26 11:35 | 『偉大なる道』

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この巻は有名な辛亥革命に下級指揮官として参加する朱徳が描写されているので、より具体的になって理解がすすんだ。

気になるキーワードを個人的覚書として記録。


読書人階級―イギリスでいえば紳士階級? Koreaでは在地両班?

日英同盟

日本への留学生

日露戦争の勝利―当時の影響力は大きかったようだ。

鉄道技術――今でいえばIT技術か?

科挙の受験資格―清の時代に農民出身で受験したのは朱徳がはじめてでは?

買官

商人―ものだけではなく個人間の現金輸送もになっていた。

機関紙―新聞の発展当初の情報伝達共有など純粋な目的。

鉄路借款

哥老会―血縁関係の強い社会での横のネットワーク?

弊制借款―中央銀行制度設立への介入?

少数民族への偏見意識

蔡鍔―この名前を知っている人は中国史の通?

   淡白な容貌、情熱、行動力、企画力すべて魅力的な人物だ。

外国の干渉への不快感

故郷―聖書には預言者は故郷では嫌われると書いてあったような気がする。

魯迅の作品―「故郷」をふくめてもう一度親しみたいと思った。

新教育―旧社会からの攻撃のすさまじさ。日本では新教育がほとんどストレスなく受け入れられたような気がする。

学問への尊敬―功罪はあるけれど、儒教のよさとして否定できないところ。

脱出―指導者はほとんどみな危機一髪の脱出経験をしている?

目に見えない束縛からの脱出。出口、チャンス……

辛亥革命―歴史を学ぶとはこういうことか……

     トップランナーからアンカーへバトンをつないだ孫逸仙(孫文)の功績を再評価。


つづいて、第3巻「災厄と禍害」では、軍人として官僚として大出世するけれど、身近な人たちの死や辛亥革命後の現実に絶望の日日をすごす朱徳にとってつらい回想になる。

聞き取るスメドレーもしんどかったようだ。


この本ではさらっと書き流しているが、大勢の妻や妾をはじめとして欲しいものはすべて手に入れ、アへン吸飲で現実から逃避し、四川省の軍閥騒動にまきこまれ、悪いうわさも広がる。

毛沢東や周恩来など他の指導者と比べると独特の回り道をしている。

彼の弱さでもあるが、誰からも共産党員とは疑われなかったので、後の展開は有利になった。

深いところから這い上がっていく姿からは受け取りたいものがある。


もともと餓死から救ってもらおうと朱徳ひとりだけ教育を受けさせてきた家族は、金銭的には一応報いを受けたことにはなる。

そのまま軍閥のひとりとして、歴史の血なまぐさい片隅で快楽的な人生を終えていても不思議ではなかった人だ。


エドガー・スノーは、朱徳の読書癖で培われた想像力が次の舞台へと踏み込ませたと分析していた。



by far-east2040 | 2018-05-14 09:20 | 『偉大なる道』

東アジア全般の興味あるキーワードは以下のようになる。

読んでるときにインスピレーションを受けたのだが、時間があればもっとこだわりたいと思っている。


纏足(てんそく)

弁髪ーー朱徳は最後の弁髪世代のひとり

キリスト教―とくにカトリックは帝国主義とセットになっていたように見える。
      良さもふくめてヨーロッパでの普及の歴史についても

帝国主義―冷静に考えたら詐欺行為、泥棒行為?

土着の宗教―八百万の神様は日本だけではない。

観音様―この人は誰?

星まわりー日本ではあまりきかない?

親族の呼称のこだわり方の違い

科挙―受験にまつわる苦労話、官僚の堕落への誘惑など
笞(むち)刑

旅芸人に対する民衆意識

3代同居の一族意識

商人の開明性、進歩性

農民の借金

口承文学

旅職人

持参金つきの早婚

太平天国

差別―日本の部落差別に相当する差別感情はない?

コーリャンのおかゆーこれだけで生きていけることに驚愕

中国人のKorea観―朱徳は日本に併合されたKoreaを中国の勢力範囲内の国と考えていたようだ。


次回からは第2巻の多感な青年期の回想「革命への道」になる。


by far-east2040 | 2018-03-28 07:54 | 『偉大なる道』

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うろ覚えだけれど、政治哲学者ハンナ・アーレントの「個人にいったん身についた観念を取りのぞくことはむずかしい」という内容の文章を読んで、静かな納得を得たことがある。


『偉大なる道』は、儒教精神でつちかわれた封建社会から脱皮して、新しい社会を築くために大きな社会変革をおこしながら苦闘した、朱徳と仲間たちの物語ともよめる。

反対勢力との血なまぐさい闘争をへて、この難事業を成功させることができたのは、封建社会で虐げられてきた民衆の共感と支持を得ることができたからだ。

しかし、新しい社会が無信仰・無宗教に根ざしたものなので、その後も問題や弊害が続いていると解釈している。
竹をすぱっと割るようにことは運ばないということ。


朱徳個人に焦点をあてると、旧から新の社会をまたいでいくひとりの男の姿を詳しく記録したものになり、珍しい作品になっている。

こんな本ほかにあるかな。


あらためて儒教とは何かをネットで調べてみたが、「孔子を始祖とする思考・信仰の体系である。紀元前の中国に興り、東アジア各国で2000年以上にわたって強い影響力を持つ

儒教は、五常(仁、義、礼、智、信)という徳性を拡充することにより五倫(父子、君臣、夫婦、長幼、朋友)関係を維持することを教える

とあり、自分の認識とだいたい合う。


「仁、義、礼、智、信」は、一昔前の儒教文化圏ではとくに好まれる漢字で、人物の名前によく使われてきたことからも影響力がうかがわれる。


領土を治める支配者側や、一族にあっては家長、家庭の中では男にとって都合のいい思想体系であったのだろう。だからこんな何世紀にわたって維持できたのかなと思う。

辛亥革命後の混乱時期に、孫逸仙から政権をゆずりうけた悪名高い袁世凱は、儒教を国教にして復活させようとまでした。


魯迅が「死んだ人間のために、いま生きる人間が犠牲になっている」という内容で、儒教批判していた文章を読んで感動したことがある。


建国後、儒教を否定している中国でも、日本や台湾や北朝鮮などでもそれなりに残されている。

しかし、現在、儒教がいちばん根強く残っているのは韓国だ。
これは国自体が認めているし、美点として語られてもいる。


偶然、外野で育ったものから見れば、韓国は儒教精神が形式化されて、徹底されている社会に見えるし、日本の天皇制に似ているようにも感じてきた。

近代天皇家の婚姻をふくむさまざまな儀式のスタイルは、英国の王室のスタイルと儒教精神のミックスチャアに見える。

一方、韓国社会の弊害の原因をつきつめていけば、儒教精神にぶつかるのではないかと考えている。


韓国はキリスト教も盛んで、とくにカトリック信者は日本より多いはず。

個人としてクリスチャンになって儒教から多少自由になっても、一族から完全に距離はおけないせいか、ほのかに儒教の香りがするように感じる。


むかし若いマレーシアからきた女性留学生とよく話しをする機会があったけれど、宗教に関しては日本社会のなんでもありで、ゆるゆるの環境がうらやましいと言われたことがある。

マレー系のマレーシア人はイスラム教から完全に解放されることはないからだった。
イスラム教への疑問を日本でもったのだろうか、髪の毛を隠すスカーフもつけてなかった。


韓国人の儒教の関係もこれとよく似ていると思った。

ただ、韓国人は移動や結婚も信教の自由もあるので、異文化に出会うことで変化していっている感じはする。

儒教の弊害のひとつをあげるとすれば、異常な教育熱ではないか。


個人的には、儒教は博物館の展示物と考えていて、眺めるものとわりきっている。

特異な事情が重なって、ルーツがKoreaにあるにもかかわらず、自覚するかぎり儒教が身についていないし、好きになれないし、それどころか儒教批判する文章に強い共感をおぼえるようでは、どの集団にも帰属感がもてないのはあまりに当然。


『偉大なる道』に話を戻すと、儒教社会を否定することは、政権のトップから末端の民衆の男にとって、伝統的にうけついだ既得権益の半分を女にゆずりわたすことでもあるから、それはそれは大変な変革事業だった。

こういうことは綺麗事ではできなかったはずだと思う。


儒教からとりあえず解放された立ち位置から、ひとり静かに痛みをうけいれる瞬間が好きだ。

今までなんどもしてきたことだ。



by far-east2040 | 2017-11-29 08:07 | 『偉大なる道』