2018年 10月 04日 ( 1 )

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「私は、全軍が崩壊してしまうのではないか、と心配した」

遠くすぎさった光景を思いおこすように、朱将軍は語りつづけた。
やっと、この大量逃亡はしだいに小きざみになり、そして、ついに終わった。
あとに残ったものは、およそ9百人足らずであった。
みな汚くよごれ、餓えてやつれていたが、しかし、まっすぐに、しっかりと立っていた。
そしていまでは多くのものが、3丁か4丁の小銃をかついでいた。


「われわれは、分隊長会議を召集し、大急ぎで部隊の再編成をおこなった。

つづいて、徴発委員会を任命した。

私は、この委員会だけが、地主から徴発できる権限をもつという命令を出した。

敗北主義者がいなくなったので、絶望と士気の低下はなくなり、かわりに希望に満ちた精神が生まれてきた。

あくる朝、われわれは、信豊を急襲し、地主の傭兵を粉砕し、金持ちから米と金を挑発した。

2日後、われわれは、江西省西南部の大きなタングステン鉱山のある大余の町にはいった。

そこに1週間とどまって、休息をとり、再編成をおこない、農民や、タングステン精錬工場の労働者のあいだで、義勇兵を募集した。

この町には、北伐の際、旧「鉄軍」第四軍が設置して、そのまま残していった輸送倉庫があり、2、3百の軍服、毛布、その他の補給物資が、貯蔵されていた。
これを管理していた人たちは、これらの物資をわれわれに引きわたし、われわれの隊伍に加わった。

さらに2、3百の労働者、農民も入隊した。

われわれの徴発委員会は、町を巡察して、金持ちから米と金を徴発してまわった。

われわれが必要とする以上のあまった米や金は、町の貧しいものたちに分配した。



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by far-east2040 | 2018-10-04 08:00 | 第6巻「土地革命の開始」改編