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             范石生(ネットからの借用)


大余、われわれは、部隊を5つの分隊に再編成した。

この各分隊に一人ずつの政治指導者をつけ、部隊の政治教育と、できるだけ多くの隊員を入党させる義務を負わせた。

旧式の軍の指揮系統をやめて、直接指揮の体制にかえた。

軍は工農革命軍と改称した。

しかし、われわれは、まだ、旧い国民党の旗をかかげていた。

兵士と指揮官の全体会議で、私は、総司令官にえらばれ、陳毅私の政治委員に就任した。

林彪は、5分隊の中のひとつの指揮をとった。

大余にとどまっていたあいだ、われわれは、たびたび大衆集会をひらいて、人民に、わが軍の綱領と目的を説明し、わが軍が強大になって人民の政権をうち立てるまで、革命に忠誠を尽くしてくれるようにと呼びかけた」


大余町ですごした1週間目の終わりごろ、当時、湖南省南部から広東省の省境に駐屯していた旧雲南軍すなわち第五路軍の范石生将軍のもとから、朱徳将軍のもとへ、ひとりの参謀将校――彼はその後共産党員になったーーが、使者としてやってきた。

范将軍は、朱徳に送ってきた手紙で、二人は長いあいだの戦友であり友人でもあるから、自分は革命軍と戦いたくない、むしろ援助したい、といってきた。

范将軍はまたこう書いていた。

自分の軍隊の中には、まだ共産党の細胞がある。

党員たちはいずれも立派な革命家であることを実証している。

自分は、これらの党員の活動に反対するつもりはない、と。

また、范将軍の手紙には、自分が聞いた話では、旧雲南軍の強力な数個部隊が、現在、大余を目ざして進軍中である、とも書かれていた。


その後、20日間ほど、この小さな革命軍は、大余以西の山地のなかのある市場町に駐屯して、部隊を訓練し、教育し、それまで抑圧されていた大衆組織を復活させ、土地革命の基礎をきずいていった。

湖南省南部と広東省の各地にいる党細胞へ、多くの使者が派遣された。
これらの使者たちは、各細胞へ、きたる11月26日、湖南省南部の
桂陽で、革命軍を先頭とする農民蜂起計画をたてるための会議を開くので、代表を送るように、と指令して歩いた。

同時に、朱将軍は、范石生軍の司令部へ連絡将校を送り、衣類、毛布、弾薬の供給を依頼した。


この間に、前に軍隊から逃げ出した連中のうち、約2百人がかえってきて、朱将軍の言葉でいえば、「なんらの偏見もなく、受け入れられた」
この町にいた最後の週のこと、革命軍は、突然、北側の山地から彼らに向かって急襲してくる、兵力不明の敵軍に対して、ただちに戦闘配置につくよう、命令が発せられた。



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by far-east2040 | 2018-10-03 09:00 | 第6巻「土地革命の開始」改編