2018年 08月 24日 ( 1 )

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1929年の早春のことであった。
朱将軍は、部隊と人民にむかって、彼が知っているかぎりの国内、国際情勢を率直に分析してみせた。


彼がいうには、蒋介石は国民党軍11個連隊に対して東固山地の要塞を封鎖するように命じた。

蒋介石はまた、国家の支配権をあらそって、広西省の将軍と戦争をはじめた。
だから蒋介石は、井岡山の封鎖の場合にやったように、自分の最良の軍隊を消耗させることができないのである。

事実――と朱はつけくわえる――誰でも知っているように、元来国民党軍に編入された職業的匪賊にすぎない福建省の諸部隊は、東固の封鎖に加わるように命じられているのだが、ついに顔をだすことはなかった。
こういう軍隊は、「自分たちが支配している領地に平穏にとどまって、税金を集めたり、アヘンを売ったりする」ことだけを望んでいるのである、と彼は説明した。


泥棒や追いはぎ同士が仲たがいをし、たがいに戦っているあいだに、人民は、この好機をとらえてみずからを組織し、武器をかため、人民の権力をうち立てなければならない。


朱将軍はさらに説明をつづける。――東北(満州)においては、中国の支配階級と帝国主義者の双方を巻き込んだ衝突と矛盾が起こっている。

東北を支配している「青年元帥」張学良は、国民党の旗をかかげて日本帝国主義に挑戦したが、同時に自分を守るために、東北におけるすべての国際問題の処理を、南京の蒋介石政権の手にひきわたした。

さらに蒋介石が自分の領土でやったように、青年元帥も、東北における国民党政府の全員に対する独占的任命権を要求した。

こういうことから考えても、国民党は、官僚と軍閥の組織以外のなにものでもないのである。

しかし日本人は、青年元帥と関係を断絶することも、東北をあきらめることもしなかった。
この点では、この広大な地域をねらっていたほかのすべての帝国主義諸国も同様であった。



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by far-east2040 | 2018-08-24 09:00 | 第6巻「土地革命の開始」改編