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             孫伝芳(Wikiより借用)


英帝国主義は、北伐軍の後方をかく乱するためにあらゆる術策を弄したのみならず、敗北する呉佩孚の援助のためには手段をえらばなかった。
また彼らは、
孫伝芳を支援して、現金1千万ドルを与え、また北方軍閥の力を維持し国内の秩序をみだすため、2千万個の弾薬を送った。
このように孫将軍を支援する一方、彼らは、中国に対する国際武力干渉を提議しつつある。
英国地中海艦隊は、すでに広東に到着した」


宣言は、中国人への「中国におけるすべての英国経済体制を徹底的に破砕せよ」そして、北伐に対して協力一致してゆるぎなき支持をあたえよ、という呼びかけでおわっていた。


万県事件の、唯一の「積極的効果」は、楊将軍を革命陣営に追いこんだとことだ、と朱将軍はいった。

火災が収まり死者が葬られたのち、楊は国民党への協力を誓う使節として、朱を漢口におくった。


漢口についた朱が見たものは、揚子江上の英艦の巨大な姿であり、砲列は威嚇するかのように武漢三市に向けて照準をさだめていた。
一方で、英租界のバリケードの中からは、水兵が、苦々しげに、中国人のピケや「万県の報復をしろ! 英貨不買! 強奪されし租界の奪回! 英帝国主義打倒!」などと叫びながら行進する学生や労働者の隊列をにらんでいた。
漢口は激情が煮えかえる大釜だった。
希望と憤怒と決意が、憎悪によって点火され、人は恐れることを知らなかった。
千の労働者が武装して秩序維持の任にあたり、何千の非武装のものは英貨不買の強行運動をした。

たえず示威がおこなわれ、労働者や学生の長い列が旗を高くふりかざし、スローガンを叫んで行進した。


朱将軍が、彼らを見つめ、その鬱積した空気を見たとき、思いうかべたのは、かつての1911年の革命の時――世界はいま若々しく生まれたと感じられ、中国の青年は山を動かし河の流れを変えることもできると信じた時のことであった。
だが、この革命はあのときとちがう、と彼は反省した。
というのは、労働者と農民が基盤となって支えていた。
しかも、彼が武漢三鎮のあいだを往復し、流言飛語を耳にし、さまざまな報道をきき、新聞記事を見るとき、内面では、かつての裏切者たちの亡霊の影が浮かびあがってきて、彼を悩ました。
むかしの軍閥が危険物だったことはまちがいないが、今は、革命の戦列そのものの中から、新しい危険が生まれつつあるのではないか。



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by far-east2040 | 2018-08-15 09:00 | 第5巻「大革命について」改編