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2018年 07月 02日 ( 1 )

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           ウイリアム・ボラー(Wikiより借用)


 「一切のイギリス製品を買わないという強力な運動が中国におこった。外国租界には戒厳令がしかれ、外国の陸戦隊が上海に上陸し、外国の実業家たちは武装して義勇隊をつくり、白系ロシア人もそれに加わった。アメリカ、イギリスをはじめとするヨーロッパの労働者は中国の革命闘争を支持したが、支配階級たちは『中国に無政府的混乱をおこす勢力』を弾圧しようとした」

  

 しかし、アメリカの上院議員ウィリアム・ボラー、アメリカ国民は中国人の権益を尊重し、治外法権が撤廃されることを好ましく思う、と声明したとき、上院にはごうごうたる論争がわきおこった。ボラーはまた、アメリカの実業家団がはげしく彼の意見に反対したとき、彼らがその悪業を改めないならば、それを暴露する、と威嚇した。


 対英不買運動は、華南地方で完全に行われ、イギリス領香港の何千もの中国人労働者は、植民地をすてて本土にわたった。


 やがて、6月23日がくる。広東の沙面島にあった英仏の部隊は、対岸の街路を行進していた男女と青少年の群れにむかって、いきなり無制限発砲をした。たちどころに52名が射殺され、117名が負傷した。


 たちまち香港の全労働者がたちあがった。中国海員はすべてのイギリス船からおり、工場労働者は罷業し、使用人はすべての外国人の家庭を去り、それから16ヵ月の間、イギリス帝国主義の大港湾基地は、埃をかぶって眠った。何万の中国人労働者が広東に入りこみ、そのうちの何千人かは、新革命軍に入隊し、別の何千人かは、広東政府の武装警備隊になったり、全広東省沿岸を警戒して、イギリス商品が密輸入されることをふせいだ。


 沿岸や揚子江流域のあちこちで、イギリスは、ここで何人、ここで何人、というように中国人を殺しだしたが、その殺戮のたびに、中国人の心はかたくなになり、対英不買運動は強くなった。階級間の境界線も消えて、そのころ、新しく変わっていた北京軍閥政府ですら、故郷での不買運動を暗黙のうちに支持した。



by far-east2040 | 2018-07-02 09:00 | 第4巻「探求」改編