2017年 03月 27日 ( 1 )

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朱徳は毛沢東と彼が演説した東固での一般的大衆集会を回想した。

毛沢東は「われわれの力はまだ弱くて小さいが、火花も炎のように燃え上がることができるから、われわれには無限の将来がある」と演説し、

「一定の時期に、一定の諸条件がもとで、人民の権力は地域を広げ、大都市から最後には全中国を解放するだろう」といつものように革命の戦略と戦術を説明した。

これは誰でも理解できる実際的な戦略であるが、大陸の未知の未来を考えると、とても複雑で無数の疑問点は否定できなかった。


朱徳はいつでもどこでも主に二つの思想を強調して演説した。


「第一に、各部隊や、人民に向って、太平の叛乱にはじまる、中国革命の歴史的背景を説明し、それによって、彼らこそ、偉大な革命的伝統の後継者であるという確信をあたえ、彼らを鼓舞したのである。

第二に、彼は、「中国のごとき、半封建的半植民地国家においては、武装闘争なくしては、農民も労働者も生きることができないし、また共産党も、土地改革、あるいはその他いかなる改革も、存立の余地がないし、革命の勝利もあり得ない」ということをくりかえしくりかえし、説明した。


そして農村における農民のこのような闘争は、都市の労働者や知識階級の援助を得て初めて成功できるのだと説明した。


1929年の早春、朱徳は部隊と人民に向かって、彼が知っているかぎりの国内、国際情勢を次のように率直に分析してみた。


蒋介石は国民党軍十一個連隊に対して東固山地の要塞を封鎖するように命じた。

と同時に蒋介石は広西省の将軍と戦争を始めていたので、井岡山の封鎖のときのように、彼の最良の軍隊を東固で消耗させることができない。

もともと国民党の軍隊は自分たちの領地に平穏にとどまって、税金を集めたり阿片を売ったりすることだけを望んでいる。


「泥棒や追いはぎ同士が仲たがいをし、たがいに戦っているあいだに、人民は、この好機をとらえて、みずからを組織し、武器を固め、人民の権力をうち立てなければならない」


さらに説明を続けた。


東北満州においては中国の支配階級と帝国主義者の両方を巻き込んだ衝突と矛盾が起こっている。

東北を支配している「青年元帥」張学良は国民党の旗を掲げて日本帝国主義に挑戦したが、同時に自分を守るために東北におけるすべての国際問題の処理を南京の蒋介石政権に引き渡した。

さらに蒋介石が自分の領土でやったように、東北における国民党政府の全員に対する独占的任命権を要求した。

こういうことから考えても、国民党は官僚と軍閥の組織以外のなにものでもない。

しかし日本は他の帝国主義諸国と同じように、張学良と関係を断絶することも、東北を諦めることもしなかった。


遠く過ぎ去った時代を回想しながら、朱徳は革命勢力のあいだにもかんたんに解決できない問題が潜んでいたことを認めた。


朱徳たちが来る前に、東固の拠点を指導してきた共産党指導者たちは地主の息子か地主そのものだった。

ほとんど若くて教育を受けている彼らは大革命で重要な役割を演じて、その時に共産党員になったのであった。

数人は黄埔軍官学校の卒業生で、そこで教師をしていたものもいた。

全員が南昌蜂起に参加し、その後彼らの郷里である東固地方に帰り、土地革命を始めたのであった。

しかし知識階級の彼らは革命のためにはあらゆることをしたが、彼ら自身の土地を小作人に分配することだけはしなかった。


ここに、すなわち、共産党の内部にも、また、すでにはじまっている土地革命のなかにも、思想と行動との両面において、封建主義の残滓がのこっていることが、明かになった。


しかし毛沢東や朱徳や彼らの幕僚たちは、東固出身の党指導者たちに共産主義の綱領と政策をもっと忠実に実践するようにあえて強く要求することはしなかった。

というのは、ちょうど強力な敵の諸部隊が紅軍めがけて四方から集中しているときだったので、深刻な内部闘争にひきずりこまれるのを避けたからだった。

紅軍としては、東固の大衆のあいだから革命闘争が湧き上がるのを待った。


そして一年後に土地革命が江西全省に広がっていったときにこのような闘争は起こった。

東固の出身者で編成されていた紅軍第二十軍団がついに紅軍に対して叛乱を起こした。

第二十軍団の指揮官たちは彼らの農民部隊を恐れて、共産党と紅軍を直接あえて非難する勇気は持っていなかった。

かわりに、毛沢東と朱徳をにせの共産党員だと攻撃して、彼らだけの小さな共産党を結成した。


このような地方指導者の中で忠誠を守って最後まで紅軍にとどまったのはたった一人だった。

この男は第十五軍団の参謀長になり、1937年の時点でもまだ紅軍に残り、延安の抗日軍政大学の指導者になっていた。

結局、その他のものたちは大衆に支持されていった土地革命の流れを食い止めることは出来なかった。



紫字はアグネス・スメドレー著 阿部知二訳『偉大なる道』より抜粋


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by far-east2040 | 2017-03-27 07:26 | 朱徳の半生(改編後削除予定)