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原子爆弾投下とソ連参戦 『偉大なる道』第12巻②ー1

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 日本の太平洋防御陣がアメリカ海軍のせん滅的な強打の下に消滅した運命的な1945年8月、その最初の日に、朱将軍は、日本が中国の内戦をあおり――しかも国民党の強い支持を得て――、連合国の間の不一致をかきたてることによって、自己の悲運を回避しようとしていることを警告した。


 「われわれは連合国と歩調を合わせて行動しなければならない。敵が武器を置くまでは攻撃作戦をゆるめてはならない」と彼は書いている。「日本に逃げ道をあたえることは、連合国全体の共同の利益に反する」


 とつぜん、戦争のすべての進み具合が一変した。8月6日、米国機の落とした原子爆弾によって軍事目標でない広島市が壊滅し、2日おいて長崎市が地上から抹殺された。


 重慶の新聞のうちで、この事件のもつ意義を理解したのは、共産党系新聞『新華日報』ただひとつだけだったようだ。8月7日同紙は広島爆撃に抗議した。「戦争の目標は日本帝国主義を破壊することであって、日本の人民を破壊することではない。……科学の成果は、人類の破壊でなく、人類の進歩のために使わなければならない」


 8月9日、ソビエト同盟は3ヵ月前のヤルタ会議の決定にしたがって日本に宣戦した。そして八路軍は、日本が1931年以来きずきあげた満州の軍事拠点に対して攻撃を開始した。


 重慶の正式な国民党紙以外のすべての新聞は、検閲を無視して歓喜の歌をうたった。そして「連合国を分裂させようとするファシスト強盗たちの陰謀」は粉砕され、満州の50万日本軍部隊の運命はきまった、とさけんだ。だが国民党系新聞では、かくしきれない気持ちが次のような記事になってあらわれた。「今後われわれは、ソビエト同盟と英米との間の対立を期待することができる」



by far-east2040 | 2019-09-17 09:00 | 第12巻「偉大なる道」改編