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蒋介石、西安に到着 『偉大なる道』第10巻①ー1

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         楊貴妃の別荘として知られていた臨潼(『抗日解放の中国』より借用)


   憂愁は春日をおおい、

   太行の嶺はけわしくそびえる。

   忠誠な心は峻険にあって涙せず、

   強い意思は北征を求める。

   億万の新軍は敵をおびやかし、

   旧き山西は多くの英雄をつくる。

   激戦に従うこと三歳、

   倭魔撃滅のため乾杯する。

                    朱徳

 

蒋介石と彼の幕僚は、軍事会議をひらくため、1936127日西安に到着した。そして蒋は郊外の硫黄泉臨潼に入り、参謀たちは城内の西安招待所に宿泊した。情勢は、「政治的に絶好」と朱徳がいいそうなものだった。


蒋としては、もう一度大規模な掃共戦をやるには、その前にまず、日本としか戦わないと決意している東北軍を抑える必要があった。この「破壊的な」傾向を変えるには、総統はまず、西北における彼の副司令である「青年元帥」張学良を処置すべきだろう。ずっと以前から張学良は、民主主義の「危険思想」をいだく青年たちや、日本を中国から追い出す必要を説く青年たちに、取りまかれていた。


青年元帥と彼の幕僚も、腹をきめて蒋を迎えた。彼らは、内戦を続行せずにすべての中国の軍隊の抗日統一戦線をつくる計画を、起草していた。その十項目〈八項目?〉の綱領では、中国人民に市民的権利をあたえること、抗日運動に対する一切の法律や制限を撤廃すること、政治犯を釈放すること、孫逸仙の遺志を実行すること、各党各派をふくむ救国政府を樹立すること、などを要求していた。


蒋総統は、そうした計画を討議する全体会議を召集せず、東北軍最高幹部ひとりひとりをよびつけて、青年元帥をしりぞかせて掃共戦に出動するように、地位と金をえさにして誘惑した。


だが、蒋の勧誘にのったのはひとりだけだった――しかもそのひとりの将軍も、まもなく若い東北軍の将校に暗殺された。他の者はみな、日本が彼らの故郷を占領し家族を殺したこと、東北軍が望むことは同胞との戦いではなく、日本との戦いであること、を総統に強く告げた。しかし蒋は頑として意をひるがえさなかった。





by far-east2040 | 2019-05-13 09:00 | 第10巻「歴史との出あい」改編