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神出鬼没の紅軍 『偉大なる道』第7巻①ー3

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 疲労こんぱいの限界にたっしていた紅軍の将兵にとっては、この8日間というのは、休養するにしてはまったく問題にならない短い時間であった。けれども、東固についてちょうど8日目の晩、月が高く中空にさしかかった頃、朱徳と毛沢東は、3千の部隊をひきいて東側の斜面をくだり、ふたたび作戦を開始した。数の上ではるかに優秀な敵と戦う場合、紅軍は、そのときどきの情勢に応じて、彼らが独自に考え出した戦術を使っただけでなく、古い昔の中国軍や蒙古軍が使った戦術や、19世紀の太平天国の軍が使った戦術も利用したし、さらにまた、1925年から1927年の大革命で学んだ経験にもとづいて、日本の士官学校で教育された国民党軍の司令官たちを途方にくれさせた戦術などを、きわめて適格にもちいた。


 山のふもとに到着すると、迅速に行動できる、いくつかの小部隊を編成して、主力と反対側の方向にゆかせた。大きな町を攻撃するようなふりをして、敵軍を、自分の方にひきつけておいたうえで、とつぜん、村々のあいだに姿を消し、また突如として、ほかの町の前面に姿をあらわした。そのあいだに、朱徳と毛沢東は、村々から地主の民団を遠くに追っぱらい、人民を蜂起させ、これを武装させ、幹部を後にのこして、やりかけた仕事をつづけさせた。


 まもなく、敵軍は、神出鬼没の紅軍を追いかけて、江西南部じゅうをさわぎたてながら、かけまわっていた。紅軍は、農民に案内されて、夜間、敵に奇襲をかけ、あっという間に、敵の補給部隊に猛攻をくわえて、補給物資をうばいとり、たちまち姿を消し、そのすぐあとで、数マイルはなれたさきにふたたび姿をあらわす、というありさまだった。


 そこへ、革命の発展のうえで、ひとつの転換点となった、汀州の幸運がおとずれた。紅軍は、汀州をとる計画ではなかった。紅軍は、彼らをめがけてむらがってくる、数のうえで優勢な敵からのがれて、24日間行軍したのち、江西―福建の省境を南北に走る山脈のうえで露営した。そこは、福建省南部の汀州という城壁をめぐらした町から、ほんのすこし北であった。



by far-east2040 | 2018-12-26 09:00 | 第7巻「上杭の歌」改編