大汾の町占領 『偉大なる道』第6巻⑥ー1

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朱将軍は、彼と毛沢東が、4千人の兵をひきいて敵の封鎖を突破した、この荒涼たる山岳地帯の情景を、ざっと素描してみせた。
山塞からひそかに下界へ通じるこの道を知っているものは、井岡山の匪賊になった農民をのぞいては、だれひとりいなかったし、また、あえてこのような道をたどる冒険をおかすものは、ほとんどいなかった。
道などといえるものは全然なかった。
山径の痕跡すら見えなかった。
ただ、雑然と数限りなくならんでいる巨岩の列と、大きく口をあけた、深い割れ目の上にそそりたっている、のこぎりの歯のような、火山の尖峰との混沌とした世界にすぎなかった。


1929年、1月4日の明けがたのことであった。
井岡山と江西―湖南の省境を南へ走る山脈を結びつける、ぎざぎざの尾根のいただきを、やせて、ぼろぼろの服を着た男女の群れが、一列になってはいのぼりはじめた。

岩も尖峰も、はかりしれない昔から、激しい風や雨や雪にとぎすまされて、つるつるにすべりやすくなっていた。
くぼみには雪がたまっていた。
巨岩の上にはいのぼったり、真っ暗に口をあけている割れ目にすべり落ちないように、互いに手をつなぎあって、わたったりしながら、少しずつ進んでゆく、この一列の人びとの身体を、氷のような風がむちうった。


夕暮れがせまるころ、彼らは、狭い、傾斜した、固い火山岩の台地についた。

そこでひとりひとりがたずさえてきた、冷たくなった米の飯を半分だけ食べた。

互いに、身を寄せあい、腕をくんで、この傾斜地に腰をおろし、ふるえ、咳をしながら、その夜をすごした。

夜があけるとともに、ふたたび、南に向かって進んでいった。

午後も遅くなって、森におおわれた斜面を、大汾の村へくだる、雑草のおいしげった細い道に出た。

大扮には、敵兵一個大隊が駐屯していた。

この山道で、行軍を停止し、残りの米の飯を食べた。
夕闇がたちこめてきたときに、こっそりと、この山道をくだりはじめた。

音をたてるなという厳命がくだされ、せきをすることさえ、禁止された。


山道のふもとについてから、彼らは大汾の村を包囲し、弾薬をもった数個部隊が、村のなかへ入ってゆき、たちまち、敵の守備隊を制圧してしまった。


「その晩は、われわれは、ほんとによくたべたよ!」と、朱将軍は、いかにも満足そうに語った。



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by far-east2040 | 2018-09-02 09:00 | 第6巻「土地革命の開始」改編