敗北主義者との決別 『偉大なる道』第6巻③ー3

f0364260_18061670.jpg
              陳毅(ネットより借用)


朱将軍は、敗北主義者を納得させることはできず、彼らはいぜんとして、ひそかに軍紀をみだすたくらみをつづけた。

しかし、朱将軍は、その後の20年間、中国の歴史をきずきあげた多くの若い将校たちからは支持されていた。

たとえば、林彪、陳毅、チョー・ツェー・ケン、王爾卓らがいたが、彼らはみな部隊の下級指揮官であった。


朱徳がもっていた資金は、まもなく使いはたされ、部隊は飢えに悩まされはじめ、脱走するものまで出てきた。

そこで朱徳は、江西省九連山脈のなかで、ある地主の邸宅を包囲し、「義援金」を要求した。

その地主は、2千ドルを出した。

部隊が、江西省西部の信豊の町に近いある村に着くまで、この金でもった。

ここで朱徳は、今度こそ敗北主義者との問題を最終的に解決しようとして、会議を召集した。

彼は、部隊の軍紀弛緩、絶望的な空気、逃亡、一部の部隊がおこなった盗賊行為などは、これら敗北主義者の責任であると、その責を追求した。


語気はげしく、朱将軍は、わが軍からはなれたいと思うものは、だれでも、すぐ出ていかせるべきである、と提案した。

その提案はうけいれられ、即刻、実行された。

朱将軍の参謀長は、まっさきに部隊を去り、その後上海へいった。

1937年、その当時から10年たったのちでさえ、この逃亡についてかたるときの朱将軍は、嫌悪の情をはっきりとあらわしていた。

つづいて、ぞくぞく離脱者が出はじめ、去っていった指揮官や兵士たちの数は3百人以上に達した。

一人、また一人と、つぎつぎに隊列をはなれ、小銃を積みあげては去ってゆく部下を、じっと見つめていた朱徳の胸の中は、不安と絶望でさいなまれていた。



[PR]
by far-east2040 | 2018-09-10 09:00 | 第6巻「土地革命の開始」改編