第4巻「探求」を読んで

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朱徳がドイツに留学していた、1925年3月12日孫逸仙が北京で亡くなった。
ドイツで、朱徳の仲間たちが追悼会をひらいたことが描写されているのだが、外国の帝国主義者だけでなく、多くの中国人が彼の死をよろこんだというくだりは意外だった。

このころの中国国内の政治情勢の複雑さや階級間の確執を思う。


気になるキーワードの覚書。


孫逸仙―上海で朱徳は実際に会見したのだが、そのときの会話の内容や受けた印象が書かれている。

    孫逸仙と直に向き合った人からの聞き取りの記録としては貴重だと思うのだが。

    存命中は、新聞ではめちゃくちゃに言われてきたようだ。


汪精衛―日本では、世界史の教科書で汪兆銘という名前で出ていたが、受験科目として通過しただけで、ほとんど何も記憶がない人だった。

    この本を読んではじめてどういう人だったかがわかってきた。
会見した朱徳は、好ましく思わなかったようだが。


陳独秀―中国共産党の初代総書記で、当時の進歩的な若者への影響力が大きかった人。
朱徳はヨーロッパへ旅立つまえにこの人に会い、共産党入党を拒否される。
いろいろな朱徳のうわさをきいていたので、陳独秀のその場の対応は責められないと思う。


周恩来―パリで滞在場所の情報を得て、ベルリンで周恩来とはじめて会うシーンは印象に残る。周恩来の容貌や誠実さ、首をかしげて相手の話しをきく癖の描写が的確。

    四川省にそのままとどまっていたら、会うこともなかった?
あらためて行動することの大事さを思う。


ストライキー香港の中国人労働者のストライキはイギリス人労働者からの影響を受けていた?


少年労働―上海の工場での使い捨てのような過酷な少年労働の実態の描写は、ハン・スーインの本ですでに読んでいた。
朱徳やハン・スーインをはじめとする多くの知識人が、この実態を救えるのは中国共産党しかないと当時は考えた。

    きまぐれに書物やカマや鋤を捨てて、一時のはやりの理論に「かぶれた」のではなくて、内面の深いところに動機があることがこの本を読むとわかってくる。


北伐―軍閥や外国の帝国主義者とたたかうために南部の国民党、共産党の枠組みをこえてまとまろうとした。

    有名な蒋介石が頭角をあらわしてくるのだが、複雑な政治情勢が展開される。

    次の第5巻では「大革命」ということばで表現されて、混乱してくる。  

    さっと読んだだけでは、大革命ということばが出てくるたびにたちどまることが多くあり、大革命=北伐と最近やっととらえることができた。


孫科―孫逸仙の息子として少し登場。

   世襲で継げるものは父親と息子の関係だけ?


帝国主義―招かれたドイツ人家庭の調度品に対する観察のするどさ。

     帝国主義とは泥棒行為?


つづいて第5巻「大革命について」では蒋介石をはじめとする反革命のグループによって共産党や大衆運動が弾圧される。


建国にいたる道は険しすぎる。



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by far-east2040 | 2018-07-23 12:31 | 『偉大なる道』