狐疑逡巡する楊森将軍 『偉大なる道』第5巻①ー6

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             楊森将軍と妻妾たち(ネットより借用)



「鉄軍」が武漢を奪取したのちにも、
楊森は狐疑逡巡していたが、まもなく朱は、その理由がわかった。

湖南や武漢三市から逃れてきた地主や産業家が、彼の司令部に来ては、北伐軍の内部は大きく二つに割れているといううわさを伝えた。

彼らは楊に、北伐軍の士官の多くは、地主や、地主の子弟か産業家の一族のものである、といった。
北伐軍の士官になったのは、靴もはかず読み書きもできない愚純な百姓が、自分たちの土地やその他の財産を没収するのを助けるためではなかった。
ところが、各地に農民組合が生まれて、村々を占拠し、あるものは土地を没収して分配すらしていた。
国民党政府は、そのようなやり方に反対だったが、農民はすこしも耳をかさなかった。
北伐軍の総司令官蒋介石は、農民組合から共産党員と国民党急進分子を追い出し、また軍内の政治部を弾圧しようとしていた。

軍内の「政治工作者」は、ロシアから模倣してとり入れたものであり、蒋たちの頭痛の種であった。
彼らは、兵士たちにいろいろなことを吹きこみ、その狂熱をあおり、村々に入り込んでは農民組合の組織を助けていた。
彼らの声は、いたるところに響きわたって、人民をたちあがらせ、社会の秩序をひっくりかえした。
そのあげくには、兵士や農民や労働者は、目上の人たちと平等であって、あらゆる種類の「権利」をもつと思いあがるにいたった。


いや、さらにけしからんことは、多くの「政治工作者」は既婚未婚の女であって、髪を短く切り、男のような制服をきていた。
良家の出の女学生が、身分卑しき兵士といっしょに行進して過激思想を鼓吹するという奇怪な光景が、かつて中国史上にあったであろうか。


だが、こういうことは一切、まもなく終焉するだろう。
国民軍は内紛のためにばらばらになってはいるが、蒋介石自身は、これらすべての崩壊の責任はソ連人顧問にあるとして、ソ連との同盟を断とうとしていた。

孫逸仙はかつて、三大政策を採用して、共産党との協力、ソ連との同盟、労働者農民運動を、唱道した。
しかしーー地主らの楊への報告によれば、国民党のもっとも「健全」な指導者たちは、そういう政策に反対だったから、それらが廃棄されるのは、時間の問題であった。
そして、あらゆる革命運動もしゅんと消えて、法と秩序は回復するだろう。



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by far-east2040 | 2018-08-17 09:00 | 第5巻「大革命について」改編