護国軍の蜂起 『偉大なる道』第3巻①ー11

f0364260_12021523.jpg


朱徳が若い妻の顔を見るのは、夜もおそく、参謀会議をおえてからか、四川遠征に加わる彼の第十連隊の準備を大急ぎでおえて帰ってからだった。

雲南府にきてから3日目の夜明けには、護国軍の八個連隊は、南四川に向かって行進していた。

彼の第十連隊は、国境での匪賊や蕃族との2年間のゲリラ戦闘の経験があったので、陣地戦しか知らない袁軍を攻撃する先鋒にえらばれた。


雲南の蜂起の報道、それから袁世凱打倒の声明は、中国在住の外国人のあいだに恐怖と混乱をまきおこした。

外交官、宣教師、外字新聞は革命軍に対してはげしい非難攻撃をあびせかけた。

あるアメリカ人特派員は『ニューヨーク・トリビューン』への報道のなかでなげいた。

「ああ、彼らの王にたいして反旗をひるがえすなどというのは、いったい如何なる人間であろうか。

ごろつきと青二才からなる烏合の衆!」


護国軍は進撃をつづけた。

四川と雲南との省境では、二個大隊の四川軍と遭遇したが、彼らは発砲しないで、銃を空に向けてさしあげ、歓喜してこちらに走ってきた。

彼らは、司令部が揚子江の南の納渓という小都市にある、と教えた。

そこには電信局もあるということだったが、蔡鍔は南方諸省の革命軍と連絡をつける必要があった。


たちまち、揚子江南の敵の4旅団との戦闘がはじまった。

朱徳大佐を先鋒とする、この遭遇戦は、三日三晩、休止することなくつづいた。

全護国軍が戦闘に参加したが、朱徳の部隊は夜間戦と白兵戦で名をあげた。

2日目には、蔡は新たに二個連隊を朱の指揮下におき、4日目の明け方までには、敵は徹底的に粉砕され、革命軍は納渓の敵本営に入った。

朱大佐は部隊とともに揚子江の南岸に立ち、江の向こうに、敵の南四川における要塞地、濾州市を遠くに一望した。



[PR]
by far-east2040 | 2018-06-16 09:00 | 第3巻「災厄と禍害」改編