軍官学校卒業 『偉大なる道』第2巻④ー1

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           武漢での革命軍砲兵(Wikiより借用)



そのつぎに、生涯の回想のつづきを語りにきたとき、朱将軍の口からもれたものは挫折と危難の物語であった。

1911年7月には、彼は軍官学校を卒業して少尉になったが、そのころには、帝政派は若い士官たちを恐れていて、彼らには軍隊の指揮はとらせず、ただ「見習い」として新軍の中にばらまくか、高級軍人の雑用係にした。

朱も、しばらくはある中隊長の副官をさせられ、私用のためにこき使われて、隊長の注文どおりに買い物にいったり、茶をたてて給仕したりした。

しかし、数週間後には蔡鍔(さいがく)将軍の旅団に転任になり、中隊の給与係の任務につくことになったが、直接兵士と接することができるようになったので、これはとくに歓迎すべき仕事であった。


10月10日の武漢の蜂起の知らせが雲南に達するやいなや、総督は新軍の秋期演習の中止を命じ、すべての弾薬を没収し、四川人連隊の隊長羅偑金を省の辺境に追放した。

旧軍の諸部隊が首都にうつってきて、新式の銃器と弾薬を給与された。

総督のガ門(政庁)のまわりには、早急に防塞がきずかれ、ふたつの機関銃中隊が入ったが、そのひとつの隊長は秘密の共和党員のリ・フェン・ロー大尉だったので、ただちに同盟会にむかって、総督が革命派の疑いがあるものをすべて殺そうと計画している、と警告した。


「総督は、われわれを袋のねずみにしたと思った」と朱将軍はいった。

ところが、秘密の共和党員だった軍官学校長と、総督に立憲帝政派として信任されていた蔡鍔が、総督にむかって、数人の共和派の処刑が武昌反乱を早めた、といいながら、性急な行動をとらないように、と注意した。
それから、新軍にも平常通り弾薬を支給し、政府は弱体でこわがっているという印象をあたえないためにも、例年の秋期演習を施行すべきだ、と忠告した。



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by far-east2040 | 2018-04-07 09:00 | 第2巻「革命への道」改編