軍官学校入学を志願 『偉大なる道』第2巻②ー13

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朱将軍は、儀隴県での経験は、封建勢力がいかに動くかという知識と積極的闘争への自信を彼にあたえたことで、生涯のうちでももっとも貴重なもののひとつになった、といった。
彼の知識と視野は広まってゆき、一方で国事がさらに危急存亡の時を迎えたとき、彼は「教師はおれの生きる道でない」とさとった、という。
儀隴県での1年間、彼は、成都時代の学友チン・クンと連絡を取り合っていた。
チン・クンは、成都の軍官学校にゆくという志願を家のものにとめられていた。
また朱がきいた話では、むかしの学友のウ・シァオ・ペイも、やはり高等師範を出て、今は雲南省にある新しい軍官学校に入った、ということだった。
彼も、軍に入ることを家族にとめられていたので、このような行動に出たのだ。


チン・クンは、朱徳にむかって、成都で落ち合って、脱走して雲南の軍官学校に入ろう、としきりにすすめた。
そうすれば、家族のものは息子が軍人になったと人にいえるので、恥をかかなくてすむだろう、というわけだ。
1908年の新学年も始まっていたが、朱徳の友人たちは激励した。
すでに朱は、家の借金の支払いを開始していて、自分の手には、儀隴県でかつかつの生活ができるだけしか残していなかった。
雲南にゆく旅費なんてなかった。
しかし、同僚教師は、自分たちで金を出しあって、この問題を解決してくれた。


儀隴県をはなれるまえに、朱徳と4人の教師仲間は、彼らだけでこっそり集まり、われらのだれひとりも、中国が満州と外夷の制圧から解放されないかぎり、断じて官職を拒否し、結婚もしない、と誓いあった。

そして、彼らは、中国の若者リ、リュウ、ティエン、チャンは朱を見守ることによって、忠誠という言葉の意味を知る、とおごそかに断言した。



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by far-east2040 | 2018-04-23 09:00 | 第2巻「革命への道」改編