老いた養父 『偉大なる道』第2巻②ー9

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「養父はとても親切な人で、理解できないようなことにも、すすんできき入ろうとした。
そのこと自体が、私を苦しくして、私は、その夜は一睡もせず、ひとりきりの部屋で横になったまま、自分のいままでの生活をふりかえった。

自分は孝行という古来の道徳にそむいた。

だが、家への忠誠ということは、国家と全人民へのより大きな忠誠に、道をゆずるべきではないか。
人が家に尽くすということは、ただそのために奉仕するということではない。
自分は農民の子ではあるが、もはや、片足は野良に片足は塾という農民ではなく、他の階級に属するものになっている。
もうあとには戻れない。
戻る気持ちもない。
自分の道を選んでしまったのだ。


「私は家族を責めなかった。
私は、実父の暴力とむごさをにくんでいたが、それは、農民生活の過酷な現実のせいであることはすでにわかっていた。
また私には、帰郷にあたってみながしめした卑屈さを責めることなんてできない。
それも、おそろしい旧制度の一産物にすぎない。
私が、彼らと私とのあいだのへだたりをなくそうとして、夏の野良ではたらこうとしたときに、彼らが反対したのは、私がふたたび元の農民生活の闇の底に沈むのを防ごうとしたからだった。


「最後の一夜は苦悶そのものだった。
明朝、私は儀隴県に向かった。
いつも私を愛していた義父は、何里も何里もついてきて、なかなか引き返さなかった。
やっと別れようと決心して、いった。


『わしらは、アホウなどん百姓で、何もわかってはおらん。
だが、今日はわからんことでも、だんだんはっきりしてくるだろう。
体を大事にして、手紙を書いておくれ』


「養父は、あの時60歳だったろう。
老けて、くたびれてしまっていた。
ぼろぼろの着物を着て、わらじをはいていた。
その後姿に、私は泣いた」


それから、この新中国人は道をひたすら急いで、儀隴県に着くと、彼の言葉によれば「私は、封建主義に対する現実の戦闘の第一歩にはいった」


4人の教師仲間リ、リュウ、ティエン、チャンと彼は、旧式学校を経営する旧式学者から反撃を受けることははじめから予期していた。
しかし、まもなく、夢にも思わなかったような露骨な争闘に巻きこまれることになった。



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by far-east2040 | 2018-04-27 09:00 | 第2巻「革命への道」改編