伝説の人物 『偉大なる道』序曲―1

f0364260_06494329.jpg

             紅軍の男女兵士に演説する朱徳
    『抗日解放の中国 エドガー・スノーの革命アルバム』(サイマル出版会)より借用



『偉大なる道』を読んで東アジアの歴史・政治、民族、習俗など思いおこすことを書いてきた「いろいろシリーズ」は私の頭のなかではキーワードがまだまだ文章にできない状態でうずまいている。

キリスト教、宗教、教育、買収、借款、少数民族、戦略、政策、西欧列強や日本の軍部、おくれてやってきたアメリカのふるまいなど。

そして革命にむける情熱と友情。


言葉にまとめていくにはトータルに語る見識不足を感じているところ。

なかなか進まない。

ここでちょっと記事内容を変えてみることにした。

もしこの本の著作権が完全に切れるならやってみたいと思っていた改編を試みたものを公開しておく。

こういうことをする目的は著者であるジャーナリストのアグネス・スメドレーの名誉回復とこの作品そのものの再評価、そして革命はひとりの英雄がなしとげるものではないが、象徴的な人物のひとり朱徳への再評価を願っている。

以下の文章は著者アグネス・スメドレー、翻訳者阿部知二で出版された岩波書店の文庫本『偉大なる道』の序曲にあたる部分の改編を試みたものである。

著作権にひっかからないように序曲のみにして、あくまでも現在のネット環境を利用してのプロモーションのつもりであり、試行錯誤のはじまりである。
**************************************

これは、中国人民解放軍の総司令官朱徳将軍の60歳までの生涯を記録した物語である。

私がこの物語を書くことを朱将軍は許可してくれているが、これは公式の伝記というものではない。

物語の舞台が遠い過去のものになっているために、また彼が、世界をゆるがしている中国革命の中心的な指導者のひとりであるために、私の記述や解釈についてていねいに精査することはまったく不可能だった。


私がはじめてこの本をつくろうと思い立ったのは、1937年1月、西北中国の古い町延安に着いたときであった。

そこはほんの少し前、多くの試練をへてきた中国労働者と農民からなる紅軍とその紅軍の運命をみちびく中共中央委員会が根拠地にした町だった。


私はそれまでに7年間を中国ですごしてきた。


その間、政府側の諸新聞は、朱徳将軍のことを「紅匪の頭目」、「共匪」、人殺し、盗賊、放火犯などさまざまな名でよび、それが国内の外国語新聞や国外のいろいろな新聞にこだましていったのである。

しかし彼らは、それではどうして何百万の正直で勤勉な農民や労働者や、理想に燃える学生や知識人たちが、彼が推進する主義のためには喜んで戦い死んでいったか、ということを説明しようとこころみたことは一度もなかった。


彼の名前には、数多くの伝説が織りこまれていた。

だから、私が延安に着いて会うことになったときは、たけだけしく英雄的な烈火のごとき人物、雄弁で大森林をも焼きつくすような鋼鉄の革命児というような人物像を予想した。

そして、好奇心いっぱいで、私は二人の友人といっしょに延安到着のその日の夕方に、彼の司令部にゆき、彼の部屋の扉をあけて踏みいった。


最初に目にはいったものは、ろうそくの灯に照らされた白木の机、その上に積み重ねられた書物、綴込み、書類だった。

それから、藍灰色の木綿の制服を着た人が、私たちがはいるのを見て立ち上がるのが、ぼんやりと見えた。


まずお互いが、たがいを品定めするように向き合って立った。

彼が51歳だということはすでに私はきいていたが、目の前の顔には深くしわがきざまれ、頬はくぼみ、少なくとも十歳は老けて見えた。

彼はつい先頃、あの叙事詩的な紅軍の長征を完了したばかりであり、栄養失調と苦難のあとがはっきりと残されていた。







[PR]
by far-east2040 | 2018-02-12 13:51 | 序曲 改編