国際外交舞台 「偉大なる道」②ー5

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朱将軍の武装解除に関する要求の返事を蒋介石がまとめるには二日かかった。

その間に朱将軍は、南京の岡村将軍に打電して、現在地で八路軍と新四軍に投降するよう解放区の全日本軍に指令することを命じた。

華南では、国民党軍に取り巻かれている部隊以外は華南抗日部隊に投降するよう要求した。


また敵の占領地域の施設や物資はすべて現状のまま保存し、日本軍の飛行機と華北、華東の港内の艦船はすべて現在地にとどめ、黄海沿岸の艦船は特定の港に集める。

そして以上の命令の実施は岡村以下日本軍全将校の責任であることを厳重に警告した。


国民党はすぐさま中国共産党を「反逆者の党」であり、「公敵第一号」であると攻撃した。

ある国民党系新聞は『ニューヨーク・タイムズ』の論説を掲載して、「中国政府の乗っ取りをねらう陰謀」であると中国共産党を非難した。


延安の新聞は、『ニューヨーク・タイムズ』と国民党系新聞に答えてこう書いた。


「われわれはこれまでも、少数の支配層の腐敗した専制的な支配に対する敵意を繰り返し声明しているのであり、全国の民主勢力とともに、この専制政治の廃止と各党各派を代表する連合政府の樹立を要求してきたのである」


民主同盟の張瀾主席も国民党系新聞に答えて、連合民主政府樹立のための政党連合会議の開催をよびかけた。

内戦を停止できるのはそれだけだと彼はいった。


朱徳将軍はここで国際外交の舞台に登場した。

アメリカ、イギリス、ソビエト同盟の政府にあてた正式のコミュニケを発表して、「中国の戦場の実情を認識するよう」要求したのだった。


彼は連合国政府に、解放区は1937年国民党政府が放棄したために、敵に占領されたと訴えた。

八路軍と新四軍は1945年春までにこの地区の百万平方マイル近くを奪回し、一億の人民を解放した。


そして解放区の武装兵力と人民の戦争記録の概要を説明した後で、彼はいった。

解放区の抗日軍と人民は「いまなお、日本武装兵力の69パーセントと、傀儡軍の95パーセントを引き受け、これを包囲している。

一方国民党軍の大部分は、われわれの手助けをしないばかりでなく、96万の部隊を使って、われわれを封鎖し攻撃している」


解放区の人民と中国共産党は統一された連合民主政府樹立を願っていると彼は連合国に訴えた。

そのために、何度となく各党各派の会議を提案してきた。

それだけが内戦を停止させ、国全体を抗日戦争に動員させ、勝利と戦後の平和を保証することができるのである。

そうした提案は国民党政権によってことごとく拒否されてきたのだ。


そして「われわれは連合国政府と人民に、はっきりと要求を提示する根拠をもっている」と宣言し、国民党政権と総司令官は、中国の解放区、中国人民、ないし占領地域の抗日武装兵力を代表するものでないと決めつけ、「われわれは、解放区と、占領地域の人民武装隊に関するかぎり、あらかじめわれわれの同意を経ていないいかなる譲歩ないしは取り決めに対しても、これを拒否する権利を留保する」と警告した。


朱将軍はさらに、解放区とその地域の抗日部隊は、日本軍と傀儡部隊との降伏を受理し、降伏にともなう連合軍の規定を実行する権利をもち、また日本の処置に関する講和会議と国際連合に代表者をおくる権利があることを宣言した。
彼のコミュニケは次のことばでで終わっていた。


「中国における内戦の危険を避けるため、われわれはアメリカ政府がアメリカと中国との人民の共通の利益を考慮し、国民党政府に対するレンド・リース援助を、ただちに中止することを希望する。
国民党が全国的な規模において反人民的な内戦を開始する場合は(それは非常にさしせまった危険である)、貴方(アメリカ政府)が国民党政府に援助を与えないように要求する」


しかし呼びかけられたどの政府も、公式にこのコミュニケを承認することをしなかった。

8月23日朱将軍は、アメリカの軍用輸送機が国民党軍の輸送をはじめたという最初の報告を受け取った。

それは南京や上海だけでなく、北京、天津、青島など華北や華東の戦闘位置にも向かっていた。

蒋介石が、彼の部隊の「解放区奪回」を援助するため、アメリカ軍部隊に天津と青島へ上陸するよう頼んだという報告も受けた。


同じ日に、国民党軍政部長何応欽将軍は、国民党部隊の南京進出の安全を確保する措置をとるよう岡村寧次将軍に命じ、同時に「匪賊」地域の奪回についても岡村に責任があることを付け加えた。


蒋介石の対共産軍戦の顧問になった岡村にとって、それ以後の4年間は幸福ではないにしても、居心地のよい月日であった。

1949年、中国人民解放軍が南京に接近したとき、蒋は、彼のほか多数の日本人戦争犯罪者を釈放して、東京のダグラス・マッカーサー将軍の待ち受けた腕に送りかえした。

                         紫字はアグネス・スメドレー著 阿部知二訳『偉大なる道』より抜粋



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by far-east2040 | 2017-06-07 17:28 | 朱徳の半生(改編後削除予定)