二人の日本人捕虜 歴史との出合い②ー4

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日本兵の死体のポケットから反戦ビラが発見される以前から、八路軍政治部は敵に対する宣伝工作をやっていた。

しかし「対敵工作部」はここに至って一段と工作を進め、部隊に日本語を教えるように命令された。

この活動は最後には八路軍と新四軍全部に普及した。

日本の兵隊について話すとき、朱将軍は冷ややかな憎悪をこめていいだすのだった。


「日本兵は捕虜になるより死をえらぶが、彼らの死にものぐるいの戦闘ぶりは、単純に勇敢さのせいとはいえない。
それは罪の意識と恐怖となのだ。
ひじょうに多くのわが人民を殺し、婦女に暴行を加えた。
だからわれわれに捕まるのを怖れているのだ。
彼らは公然と『虐殺戦』を自慢している。
そして彼らが捕えた中国兵をなぶり殺しにしているように、われわれも彼らをなぶり殺すものと考えている。
今後は日本兵の捕虜をつかまえることに特別の注意をはらおう」


こんな話のあった翌日、朱将軍はただちに正太線に向かって南下するよう命令を受けた。この戦線を突破した日本軍が太原府に向かって進んでいたのである。


その夜彼の司令部には夜通し明かりがつき、夜明けには、われわれは山西省東部の渇き切った無人の山脈を越えて南方に行軍していた。
賀竜の師団は山西省北部に残った。

また八路軍の卓越した行政家の一人である聶栄臻も、第115師団の二個大隊と共に五台山にとどまって、結局ここを敵の背後の強力な晋察冀(現在の山西省、河北省、遼寧省、内モンゴル自治区にまたがる地域)基地に仕立てあげた。

残りの軍は朱徳の司令部と共に移動し、日本軍第二十師団が飛行機を先導に東方からなだれこむ寸前、正太線を横断したのであった。


11月始めの3日間、八路軍の第115師団は当面の敵に損害を与えたばかりの第129師団といっしょになって、この進撃中の敵師団に対して、双方移動しながらの闘争を開始した。

この戦闘ではじめて、二人の無傷の捕虜を捕らえたが、ひとりは無電兵でもうひとりは歩兵大尉だった。

また食糧、薬品、弾薬、冬外套、その他各種の軍需品を満載した四百頭以上の駄馬からなる輸送隊を奪取した。

この馬の世話に徴用されていた30人の満州出身の農民も捕虜にした。


しかしそうした作戦も日本軍の11月13日の太原府占領を妨げることはできなかった。

そのあと朱将軍は、日本が権力をかためるのを妨害するため、第129師団を鉄道沿線に残しておいて、自分は総司令部と第115師団を率いて山西省内を南下した。

凍りつくような雨や吹雪に難行しながら、途中の町や村で民衆大会を開いた。

そして省内を中国の抵抗基地に変えるため、いたるところに組織者を残しておいた。


ある町での出来事だった。

民衆大会で二人の日本人捕虜に話をさせようとしたら、ものすごい騒動になって「鬼を殺せ!」という殺気立った叫びがあがった。

八路軍の代表者たちは群衆を鎮めようと必死になっていた。

そこへ「朱徳だ、朱徳だ」という声が聞こえた。

朱徳は大股で演壇に上った。

議長をしていた町長が進み出て群衆にいった。

「われわれはみな、何年も前から朱徳という名を聞いていた。

その彼がいま現にここにいる! 

いまさら私から紹介することはない」


朱将軍は、はじめに抵抗戦争における人民の役割について語った。

その後で、日本の兵隊たちは日本の軍閥や財閥のために徴兵されて中国に送られた労働者や農民であるということを知ってもらいたいと述べた。

そして続けた。
日本の人民がこの戦争を始めたのではない。

日本の多数の反ファシストたちが戦争に反対して、投獄されたり殺されたりしている。

八路軍は日本兵をとらえて教育し訓練し、彼ら自身の貪欲な支配階級と戦い、中国の勝利を助けるようにさせるつもりだ。


この地方の人々がこんな考えを聞くのはこれが初めてだった。

日本人捕虜の一人の無線兵が演壇の前に進み出て話した。


「私は兵隊だが、労働者でもある。

日本の軍閥はこの戦争を望んでいるが、日本の人民は望んでいない。

私は強制的に徴兵されて、この国に送られてきたが、捕虜になるまでは、中国の人民がこんなに親切だとは知らなかった。

今後は私は中国の人民と肩を組んでゆくつもりでいる」


のちに朱将軍は私(スメドレー)に、捕虜になってからの日本人大尉の横柄な態度のことを話してくれた。

ある時林彪がこの捕虜のいる家に入ってゆくと、彼は座ったまま林に鶏や卵や米を持ってくるよう命じた。

林は冷ややかに落ち着いた声で答えた。

「われわれが君を親切に扱うのを誤解してはいけない。
われわれが君の目下のものという意味ではまったくない。
われわれは粟を食べてるが、君には米をやっている。
君は君を見に来た農民を殴ったというではないか。
このため君を殺そうとは思わないが、今後中国人をなぐったら、公衆の面前で鞭打つことにする」


この話をしながら、朱将軍は唇を噛み、じっと目を見据えるのであった。


「今まであの男は徒歩だった」彼はいった。
「今日あいつに私の馬をやって乗らせた。
捕獲した日本煙草の一箱もやった。
とまどったようだが、うけ取った。
あの男もわかってくるだろう」

                              紫字はアグネス・スメドレー著 阿部知二訳『偉大なる道』より抜粋



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by far-east2040 | 2017-05-27 09:56 | 朱徳の半生(改編後削除予定)