蒋介石による報復 紅色方陣①ー4 

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朱将軍と捕えられたばかりの張輝サン将軍との対談はそのまま劇になりそうだった。

張将軍は階級の記章で飾られた素晴らしいカーキの軍服とピカピカの黒長靴を身につけて、朱徳の司令部に送りこまれてきた。

まるで苦力のようなぼろ服を着た痩せこけた男が何人かいるのを彼は見た。


朱将軍は、つめたくきびしい声でいうのだったが、「彼は、われわれを無知蒙昧な匪賊と見、こんなものは自分の残りの二師団ですぐに敗ることができ、自分はそれで自由になるのだ、と信じたにちがいない。

「だから、敗北して捕らえられたことでは弱っていたが、それでもまだ傲然として、私を手玉に取ろうとした。
でぶの男で、その司令部にはありとあらゆる美味がいっぱいあり、乗馬は持ちながら、旅をするのには、人間の背にかつがせる駕籠椅子をもちいた」


張将軍の最後の傲慢な質問は「わしの身代金はどのくらいほしい」だった。

朱徳は威厳をもって答えた。


「わしは商人ではない! 
お前を、お前の部隊と、それから江西省西北部でお前に家族を殺されたわが軍の一部隊との前に引きずり出して、裁判にかける」


捕虜になった将軍の傲慢は少しくじけたようだった。


「私は彼にたずねて」と朱将軍はいった。
「われわれが設立する計画の新軍官学校で教える意思はあるか、とためしてみた。
その気はある、と彼は答えたが、じつは、――他の師団がきて救出することを予期しながら、時をかせごうとしているにすぎない、ということは私にわかっていた。
それから私は、われわれは次にどの白軍を攻撃すべきか、君の意見をきかせてくれ、といった。私がこの男の意見など聞く必要はなかった、というのは、わが軍は、すでに彼の第五十師に向って進撃していた。
だが私は、こいつはどんな男か、ということを試してみたかったのだ。
彼は、それは十九路軍を攻撃すべきだといい、その軍に関する軍事的情報をすらしゃべったが、それはわれわれの方の情報網の報告と合致していた。
彼は、味方を裏切りながら、われわれを手玉に取っていると思っていたのだ」


朱将軍は張将軍に彼の他の師団もどんなふうに撃破できるのかを見せてやろうと思い、彼と部下の士官どもを連れ出して、紅軍が24時間以内で第五十師団を破るところを見せた。

紅軍はさらに旋回して東固の第二十八師団に向かったが、その師団は逃げた。

すでに十九路軍は興国から撤収を始めていて、はるか南の故郷広東省に帰っていった。


第十八師団に対する勝利から三週間で、敵の諸軍は紅軍の迅速な攻撃によって崩れてしまい、第一回の紅軍せん滅作戦はぶざまな失敗に終わった。

張将軍と彼の幕僚は、旧部下の三千の兵と、東固の人民たち、彼に家族を殺された黄公略軍の兵たちの前で裁判にかけられた。

朱徳がいうには、その頃には張将軍の傲慢は恐慌に変わっていた。

彼は幕僚とともに死刑の宣告を受け、彼のために家族を殺された兵たちによって斬首された。


何週間か過ぎた頃、上海の共産党中央委員会から一人の使者が朱将軍の司令部に来た。

持参した手紙によると、蒋介石が張将軍の釈放を請い、その代償として多数の政治犯を釈放し、二十万ドルを払うというのであった。


「処刑したことを、われわれは後悔した」と朱将軍はいった。
「しかし、それは金のためではなかった。蒋介石は、復讐として、獄中のわれわれの同志の多くのものを殺したのだ」


紅軍の勝利は国民党とそれを支持する外国人たちや財政援助者を愕然とさせ、そのために新しいテロの波が国民党支配下の中国に広がっていった。

蒋介石元帥自らが南京政府の教育部長になり宣言を発表して、学生たちが共産主義に関係する集会を開いたり、ビラを撒いたり、大学の学長に反抗することがあれば、学生といえども容赦なく射殺すると声明し実行し始めた。


五つの大学が閉校され、多数の学生が秘密裡に上海で捕らえられ消息不明になった。

上海の新聞は北京国立大学の六十名、天津で十余名、そのほか広東、長沙、漢口で多数が捕えられたと簡単に報道した。

1931年2月7日には、上海のイギリス警察は若い作家、美術家、俳優など24名を捕えて、国民党の守備隊長に引き渡し、その夜射殺されて自分たちが掘らされた大きな穴の中に捨てられた。


南昌の国民党が発行する『反共月刊』の1931年2月号に、国民党高官の談話が載っている。


「もし政府が、紅匪問題の解決に、今日用いつつある方法以上のものを見出し得ないとするならば、われわれは、すべての紅匪地区をまず隔離し、毒ガスをもって一人のこらず殺すほかないであろう。
これらの地区の、十歳以上六十歳までのあらゆる男と女とは、紅軍のためにはたらくスパイであるか、紅軍兵そのものであるかだからである」

                                   紫字はアグネス・スメドレー著 阿部知二訳『偉大なる道』より抜粋


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by far-east2040 | 2017-04-26 22:50 | 朱徳の半生(改編後削除予定)