反ボルシェヴィキ(AB)団 「上杭の歌」③ー6

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朱将軍は敵軍司令部から重要な書類を発見したことで、特に吉安陥落のことを憶えていた。

これらの文書の一部は第一次「掃共戦」計画に関するものであった。

蒋介石は華北での戦争をすでに中止し、紅軍を攻撃するために十万の国民党軍を江西に向けて移動させていた。

戦争は10月の末に開始されることになっていた。


もう一つの文書は、いわゆる「反ボルシェヴィキ団」すなわち「AB団」に関するものだった。

これは国民党秘密警察の暗殺スパイ組織で、ソビエト区全域でサボタージュとテロとの網を張り巡らせていた。

文書に目を通した朱将軍は不吉な予感におそわれた。

というのはソビエト区に潜入している暗号で書かれていたAB団員の名前を共産党側は数ヶ月かけても解読することができなかったからだった。

しかし敵の側にも隙があった。

東固―興国ソビエト区のある地主がおおっぴらに署名した現金領収書のような重要な手がかりが見つかったのである。

李文林というこの地区の主たる共産党指導者の一人はまさにこの地主の息子であった。

朱将軍は李文林がAB団と連絡しているという事実はどうしても信じることができなかった。


それまでに紅軍は敵の秘密謀略に対抗する委員会を持っていたが、特に反革命対策特別委員会を組織して真剣に活動を始めたのは吉安事件以後のことだった。

朱将軍によれば、紅軍がだれひとりも逮捕しなかったし、新設された特別委員会のものはAB団員と友だちになり、その秘密グループに加わり、敵の全組織網を入手できるまで活動を続けた。

「そのころ」と朱将軍は恐ろしい悪夢を思い出したかのような表情で声を強めた。


「われわれのもっともすぐれた多くの同志が暗殺された。
また東固部隊として編成されていたわが軍の一部が、東固の地主の息子たちの指導のもとに叛乱をおこし、その結果、非常な混乱と疑惑との空気が作り出され、だれもが自分の兄弟を信用していいものかどうか、わからないような状態におちいった。
AB団員は、そっと、いくつかの迷信的な宗教団体を組織し、紅軍の滅亡を予言させていた。
彼らは、こうしてわれわれを大衆から孤立させようとしたのだ。
そのためには、彼らは『自由恋愛会』さえつくりあげて、そこで地主どもは、自分の家族の女たちまで動員して、紅軍の戦士たちを堕落させようと狂奔した」


紅軍は道徳についてはきわめて厳密な規律を持っていたので、農民と衝突することはなかった。

紅軍の道徳性の高さが非常に評判がよかったので、地主どもはぶちこわそうと躍起になったが、失敗したのである。

朱徳は直接兵士にぶつかってAB団が使っているあらゆる戦術を説明し、警戒心を呼び起こした。

朱徳や毛沢東、その他の指導者の身辺は特別に訓練された護衛兵が警戒にあたった。

しかしAB団の根を永久に絶滅するまでには、三人の護衛兵が暗殺されたのである。


肉食獣のような支配階級はむかしながらの特権的地位を取り返そうと戦っていたが、彼らの邪悪な権謀術数に対しては長く粘り強い闘いが必要だった。

朱将軍がこの闘争について語ってくれていた1937年の始め、筆者(スメドレー)はある大昼食会で彼と「反革命対策委員会」の主任とをじっくり見比べてみたことがあった。

当時この委員会の主任は11歳から鉱夫になった人で、中国のもっとも初期からの労働運動組織者の一人だった。


朱将軍は人だかりの中でも猫のように平静でのんびりしていた。

農民たちがキャベツを売ったり、心ゆくまでおしゃべりしたりして集ってくる市場などであれば、いつでもその中に紛れて溶け込んでしまえる。

彼はその平凡な容貌から動作にいたるまでどこまでも農民である。


これに反して、反革命対策委員会の主任の方は、どんな農民の集まりでもそのなかに溶け込んでしまうことはできない。

彼には休息もなければ息抜きもなく融通性というものがまったくない。

話し方も動作もきびきびと鋭敏で、よく統御された精力の化身のようである。

大闘争に立ちあがっているときの西欧諸国の工業労働者がしばしば示す特徴でもある。


朱徳や毛沢東はじめ、紅軍と共産党その他の指導者たちが、敵の秘密組織の手による暗殺から免れたのは、疑いもなくこの主任またはこの人と同じような人たちのおかげであった。


1949年1月に人民革命軍が北京に入城し、国民党の秘密警察、藍衣社の全メンバーに対して、ただちに武器を捨てて降伏し北京警察署に登録せよ、そうしなければ徹底的に掃滅すると命令したときに、筆者はふたたびこの主任のことを思い出したのである。


この命令に従って、北京郊外にある清華大学の人当たりのいいある教授が警察本部に出頭し、自分は藍衣社の「大尉」で、特に学生、教授、知識階級のあいだに恐怖心をばらまいてきたと登録した。

彼は正式に登録され、従来通り清華大学で講義を続けるように言い渡された。

だが、警察の新しい長官は彼に向かって穏やかに知らせた。


「あなたは、自分の登録内容について、ちょっとした間ちがいをおかした。あなたは、藍衣社では大尉ではないーーあなたは中佐だった!」



紫字はアグネス・スメドレー著 阿部知二訳『偉大なる道』より抜粋


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by far-east2040 | 2017-04-24 14:01 | 朱徳の半生(改編後削除予定)