寧都占領 「上杭の歌」①ー7

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数週間にわたって東奔西走し、南北に敵を粉砕しながら、ついに朱徳は、堅固な城壁をめぐらした寧都の町に向かって北進した。

前回は一発の弾丸も射たずに占領できたが、今回は国民党の将校レイ・シー・ニン大佐が完全装備の一個連隊で守備していた。


レイ大佐は石城県一円に君臨する大地主や軍閥一族の一人であり、かつ一族の家長として蒋介石軍の将軍になっていた。

農民の話によると、レイ大佐は30人の妾をかかえた別宅を持っていて、「紅匪の頭目」朱毛の首を寧都の城壁にぶらさげてみせると大言壮語していた。


寧都の堅固な城壁を完全に爆破できなかったので、紅軍は農民が持ってきた竹のはしごでよじ登り、突撃を敢行して占領した。

多くの農民が戦闘で犠牲になったが、全守備隊は完全に紅軍の手中に落ちた。


そして今までもやってきたように、犯罪理由の如何にかかわらず囚人をみな解放した。

ほとんどがささやかな犯罪理由で投獄されていた貧しいものたちだった。

農民や労働者の組織あるいは共産党に属しているのではないかという嫌疑をかけられた囚人も必ず数人発見した。

こういう人たちはたいていもう死んでしまうか、殺されるかしていた。

生き残っていたものも、足かせをはめられて、その鎖のために足の皮膚が破れてまったく歩けなくなっていたものが多かった。

髪が伸び放題でぼうぼうになっていて、多くのものが結核か心臓病にかかっているか、赤痢か腸チフスで死にかかっているかだった。

食糧は家族が差し入れしなければならず、その食糧さへ監獄の当局者に横領されて、囚人たちはまるで骸骨のようになっていた。


朱徳はいつも暇を見つけては、捕虜になった敵兵と話をした。

寧都の捕虜はたいてい貧しくて文盲で単純な心情を持った農民たちだった。

この捕虜たちを説得する集会のあとで、朱徳は彼らに紅軍に参加したいものはどうか一緒に戦ってくれと頼んだ。


紅軍に参加したものは東固の山岳地帯に送られて、教育と訓練を受けることになった。

希望しないものは旅費を支給して郷里へ帰したが、朱徳の言葉によれば「農民や国民党の兵士たちのあいだで、酵母のような働きをする」ことになった。


30人の妾を持つほどの好色ぶりを聞いていたレイ大佐が、二人の衛兵に連れられて朱徳の前に現れたとき、口がきけないほど驚いた。

今まで見たこともないほど小柄で、その上捕虜の中で一番臆病者だった。


「ヘぇー、君が三十人の妾をもっているという男かね。君が、寧都の城壁にわたしの首をかけると誓った男なのかねぇ!」と朱徳はおどろいて叫んだ。


朱徳の幕僚や衛兵たちがどっと笑ったので、この男はすっかり気が動転して落ち着きを失ってしまった。


「さあ、きけ!」と朱徳はこの小男にむかっていった。


朱徳は、もしレイ大佐が命令に服従するならば、銃殺にしないといった。

つまり石城のレイ大佐の家にある、たくさんの小銃、機関銃、弾薬箱、農民からまきあげた莫大な米、兵士たちに何ヶ月も払っていない金を引き渡せと命令した。

さらに朱徳たちが作った薬品の一覧表を渡して、これだけの薬を上海かどこかの大都市で購入してこいと付け加えた。

全部手に入ったときに、釈放すると言い渡した。

レイ大佐は手紙を書いて、彼の部下の一人が石城の彼の家族のもとに届けた。


2、3日すると、椅子かごに乗ったレイ大佐の本妻が薬以外の品を全部一隊の苦力にかつがせてやってきた。

3ヶ月後、紅軍が福建省で作戦を展開していたときに、レイ大佐の家族が要求された薬を持ってきた。


それまではレイ大佐を捕虜として連れて歩いていたが、約束の全部が果たされたので、安全通行証を渡して釈放した。


そのとき朱徳は冷やかな言葉でこう注意した。――「今度つかまえたら、こう簡単にはすまさんぞ!」


寧都を占領して2、3日たった頃、毛沢東が山を下って西の方からやってきた。

山地での使命を果たしたので、寧都県の政治工作を担当することになったのである。

朱徳は町の城壁の上から思い切り絶叫されたスローガンを思い出した。


「土地を没収して、分配しろ!

八時間労働制!

賃金を上げろ!

男女の同権!

同一労働には同一賃金を!

人民よ武器をとれ!

文盲をなくせ!

阿片を絶滅せよ!

外国帝国主義の走狗、国民党を打倒しろ!」



紫字はアグネス・スメドレー著 阿部知二訳『偉大なる道』より抜粋


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by far-east2040 | 2017-04-02 14:53 | 朱徳の半生(改編後削除予定)