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 蒋介石はこの当時「3ヵ月準備して、あと3ヵ月で共産主義者を絶滅する」と豪語したと伝えられる。


 朱徳将軍が、この陰謀の詳細を知っていたことは、五四運動記念日の民衆大会での彼の演説で明らかであって、彼はそこで、重慶協定はこの陰謀のためぶちこわされたとのべた。


 「まだ闘争に勝ってはいないが、しかし全中国人民がこの陰謀をやっつけることを確信して疑わない」


 19463月から7月にかけて、秘密計画の第一段階が実行された。満州と華北一帯にわたって戦闘がつづいているとき、国民党地域では秘密警察のテロ時代が出現した。反対派、とくに民主同盟の新聞雑誌社は平服の秘密警察の暴徒におそわれて破壊された。印刷工や編集部員が殴打され、多くの記者が誘拐されたり殺されたりした。西安では、秘密警察が民主的日刊紙の印刷工場を破壊し、幹部をなぐり、主筆を射殺した。事件を告訴した弁護士ワン・エンは、とらえられて処刑されたが、国民党はあとで、彼はアヘン吸引者だったと発表した!


 上海の北の南通市では、国民党軍と新四軍のあいだの戦闘を調べに休戦班が来ることになっていたが、秘密警察が住民に、家の中にいて証言しないように強要した。ところが町の人びとは休戦班を歓迎にでて、20人の教師や著述家や新聞人が証言した。この20人は翌日姿が見えなくなった。16人の死体はついに見つからなかったが、4人の縛られた死体が数日後に近くの川で発見され、その身体は切りさいなまれ、眼はえぐり取られていた。


 広東では、秘密警察が、すべての書店と文化団体をおそって閉鎖し、アンラ物資にからむ官庁の腐敗を暴露した2つの自由主義日刊紙を破壊した。これらの新聞は、一隻分の救済米がそっくり国民党第五十四軍にわたっている事実をつきとめていた。数百袋の米がなくなっていることを記者が指摘すると、アンラの中国人役員はすまして答えた。


 「強い風が吹いてきて、米袋が海に飛ばされた」



# by far-east2040 | 2019-10-13 09:00 | 第12巻「偉大なる道」改編

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 34日、マーシャル将軍が延安をたずねた。朱将軍はその歓迎民衆大会で、マーシャル将軍が3ヵ月足らずのあいだに中国の内戦をとめ、軍の再編成計画をたて、民主主義と平和への第一歩を成就した功績をたたえた。そして人民解放軍は停戦条項とマーシャルの設置した軍事執行部の指令を忠実に実行する、とのべた。


 マーシャル将軍は、3月初旬ワシントンにゆき、5億ドルの借款を請求したのだが、これは1215日のトルーマン大統領の声明によれば、新しい民主政府だけにあたえられるはずだった。


 ところが国民党反革命の武器庫には、マーシャルが想像もしないような謀略がかくされていた。マーシャルの不在のあいだに、国民党中央執行委員会は秘密会議をひらき、重慶協定の決定を廃棄した。国民党は行政部門が国会に対して責任を負うという原則――これは蒋介石の独占を奪うものであった――を否認したうえ、新しい連合政府におくる自党の代表者だけでなく、他党の代表者までの任命権を、要求した。


 国民党がどんな政府を考えていたかということは、共産主義者に農林部長の地位を割り当てたことではっきりした。というのは、この地位はこれまでずっと現役をしりぞいた軍閥の収容所だったからだ。民主同盟のひとりは教育部長の地位が提供されたが、彼は「私はこんな地位より生命の方が大事だ」と回答した。


 共産党と民主同盟は、国民党のあらゆる申し入れを拒絶して、一月協定の完全履行を要求した。しかし国民党は、単に協定の取り決めを廃棄したばかりでなく、共産主義者の掃討を目標とする秘密計画の具体化に着手した。


 その計画は3つの段階に分かれていた。第一の準備段階では、民主同盟に指導される国民党地域の民主運動を、買収によって沈黙させるか、テロによって破壊する。そしてアメリカの目に、中国問題が、中国人民の民主主義のための闘争ではなく、国共のぎりぎりの権力闘争として、映るようにする。そうすれば、全能のアメリカがどちら側につくかは明らかだったからだ。


 第二の段階――共産軍に対する掃討戦の段階は、7月半ばに開始されることになった。


 この第二段階は、そのまま次の第三段階――米ソ戦の段階に転入する予想であり、この戦争でアメリカが勝って、中国と世界の有産階級に対する共産主義の脅威がついに永久的に取りのぞかれる、というのが国民党の確信だった。



# by far-east2040 | 2019-10-12 09:00 | 第12巻「偉大なる道」改編

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 朱将軍はとても熱心に重慶会談のことを話した。「日本がやぶれ、ロシアは問題ではなく、内戦の危機も明白に去った」とすれば、次に必要なことは軍隊を国でまかなえる程度まで縮小し再編成することだ、と彼は考えた。国民党軍90師団、共産軍20師団という協定は、もっと縮小すべきだと考えた。中国はできるかぎり自分の足で立つべきであり、蒋介石が頼んできてもらい、ウェデマイヤー将軍がいまそこで働いている、アメリカ軍事顧問団のようなものは、不必要だと見た。


 なおまた、軍事目的の外国借款は返すことがむずかしいが、産業建設につかう借款は、新しい工場の生産から支払うことができ、同時に生活水準を引き上げることができる。


 極東の平和を維持するには、十分訓練された大きな軍隊が必要ではないか、という質問がでたとき、朱将軍は、新しい中国の民主政府の存在こそ国内平和の最大の保証だと思う、と答えた。


 「われわれが軍隊を国軍に統一することを主張しているのはそのためだ。中国では、大きな軍隊を維持する誘引になる権力や利潤を取りのぞくことが、先決問題だ」熱心に語りながら、これはこう結論した。


 「私はこの華北で、人間が逮捕やテロにおびやかされずに生活でき、自由に民主的な自治を行なうことのできる地域をつくりだす仕事を、手伝ってきた。私は幸いに生きのこって、現にわれわれの打ちたてた民主主義が、現在混乱と圧迫の中に住む地域の中国人から要求されているのを、自分の目で見ることができた。有りがたいことだと私は思っている。私の生涯は、無駄ではなかった」


 重慶の統一会議の妥結を祝う24日の延安の民衆大会で、朱将軍は、もし中国が30年の平和を手に入れることができるならば、世界のどこにも負けない近代的国家になるだろうという確信をのべた。総統が民主政府に同意したことに敬意を表す、といった上で、しかし蒋介石に、延安辺区の軍事封鎖をやめて、その誠意を示してほしいとよびかけた――しかし蒋はこのよびかけを無視した。



# by far-east2040 | 2019-10-11 09:00 | 第12巻「偉大なる道」改編

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 1月に、朱将軍は外国人記者ジョン・ロデリックと会談したが、彼は朱将軍のことを「注意深い聴き手」で、「旧世界的な作法」をもった人であり、すすめられる煙草をとるまえなどには両手を胸のあたりでにぎりあわせて、軽く頭をさげると書いた。ロデリックの話によると、朱将軍はそのころはもう兵隊とバスケット・ボールをすることはなく、長い散歩をとり、ときどき馬に乗って猟に出かけた。延安――この町は戦争中に日本の爆弾で破壊されていた――から5マイルはなれた酷寒の洞窟にすわっている朱徳の姿は、「無給のみすぼらしい身なりの革命家だが、階級はアメリカの5つ星の将軍に匹敵するのだ」


 「この天下のおたずねものはほとんど護衛なしに、しかも決して武装せずに、延安を歩きまわる。彼の兵隊たちは、彼を偶像視している――中国の軍隊では稀有なことだ。重慶の統一交渉が進行中で、重要な党の決定や配下130万の部下の指揮などで多忙なこのごろは、毎日朝から晩まで予定表にしたがって動いている。6時に起きて朝食をすますと、すぐ前線からの電報の山にとびつく。軽い昼食をとって、午後もずっと仕事を続け、他の指導者たちと会議をしたり、時には彼らに会うため5マイル歩いて町に出る。朝食前と夕食後には、本や新聞をむさぼるように読み、外国のニュース放送や新聞の翻訳を通じて、国際情報におくれないようにする……


 「生涯を統一と自由と民主主義のための戦いですごしてきたので、それが成就しさえすれば、自分はいつでも即座に武器をすててもかまわない、と彼はいう。1946年にはそれが実現するといいのだが』とつけ加える」



# by far-east2040 | 2019-10-10 09:00 | 第12巻「偉大なる道」改編

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 1946年1月末、国民党、共産党、民主同盟の代表と政党外の代表は、民主連合政府を樹立する歴史的な重慶協定に、厳粛に調印した。委員会はすぐ新しい民主憲法の起草に着手し、これは総選挙のあとに新たな中華民主共和国の国会で討議し採決されるはずであった。


この重慶協定の最も重要な点のひとつは――国民党代表はそれとたたかって敗れたわけだが――新政府の行政部門を、大統領ではなくて国会に対して責任をおうことにしたことだった。これは、1911年以来くりかえし起こったように政府が独裁者の道具になるのをふせぐため、特にもうけた規定だった。


重慶協定に調印したすぐあと、国民党と共産党の代表はもうひとつの協定に調印し、マーシャル将軍がそれに副署したのだが、それはそれぞれの部隊に停戦命令を下し、各軍を縮小再編成して、合同最高司令部の下の国軍を創設することを取り決めたものであった。


共産主義者はこの協定は実行されると確信していたので、朱将軍の司令部は、ただちに人民軍全師団の解体に着手し、それは停戦協定によって18個師団に減らされることになり、一方、国民党軍は90個師団を維持することになっていた。3ヵ月のうちに50万が動員解除されて、各自の郷里におくりかえされた。



# by far-east2040 | 2019-10-09 09:00 | 第12巻「偉大なる道」改編