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岩本千綱著 『シャム・ラオス・安南三国探検実記』

もう20年ほど前に読んだ本なので、内容は忘れかけている。

アジア図書館で働いていた頃なので、こういうアジアに関する珍しい本にも出会える機会が多かった。

紹介してくれたのは東南アジア通の男性で、私とそんなに変わらない年齢だったような気がする。

今振り返ると、彼は何をして生活していたのかなと思い出される。

「社畜」ということばは彼から聞いたので、社会にはまりにくかったのかな。


沢木耕太郎のアジアの紀行文はかなり読んでいたようだし、実際東南アジア各国へは観光でよく行ってたようだ。

といってもぞろぞろ団体で行くのではなく、あくまでも単独で。

当時は「お楽しみ」を目的にした団体観光や数人の仲間で行く話はよく聞いたので、彼のような単独者で東南アジア通という存在はなかなかいいものに写った。

男でも女でも一人旅ができるというのは、日本人の中でも独特の性格を持った人たちだと思っている。自分でものを考えている。


で、「笑えまっせ」という保証つきで勧められたのが中央公論社の文庫本である。
「ほんまに笑えるんかな」
と半信半疑に読んだ。

著者は生まじめに綴っているが、なるほど確かに笑える箇所がいくつかあった。

今はネットで結構つまらないことで笑うことがあるのだが、本を読んでそこまで笑うことはあまりないので、記憶に残っている。

1897年(明治30年)の初版を底本として、現代仮名遣いに改めて1989年に出版されたものだった。

この本は古本屋経由でこの図書館に来たことは、最後のページにえんぴつで書かれた店頭販売価格の数字でわかる。
1896年(明治29年)に巡礼僧に身をやつし、現在のタイ、ラオス、ベトナムにかけて冒険旅行を試みた二人の日本人の探検記である。

二人はそれぞれ「三無」と「鉄脚」と号を名乗っている。

私が笑いの壷にはまったところを引用してみる。

「九時頃プラケア村に着す。人家三、四軒、停車場あり、坊等始めて蘇生の思いをなしまず朝餉の料に有りつかんといよいよ托鉢を思い立ちしも、人に向かって食を請いたる経験なき俄坊主の悲しさ、何分に乞食の勝手暗くきまり悪さの限りなければ、二坊互いにその実行を譲り、三無は鉄脚に鉄脚は三無に、イヤ君は名僧らしければまず第一に試み給え、イヤ君はシャム語の名人なれば人を感ぜしむるの妙あらんと躊躇逡巡、先陣の譲り合いはいつ果つべきとも見えざりし折柄、天の助けか仏の恵みか東の方より一老舅の荷物を肩に来掛りしあり。」(岩本千綱『シャム・ラオス・安南三国探検実記』)
 
こんな調子の珍道中。

現代文ではないのでとっつきにくい文体であるが、全体的に偏見のない目で淡々と綴っているのが二人の人柄を表していた。

どんなものを食べ、どんな家に住んでいたかなど衣食住にわたっても、よく観察して具体的に書かれていて、今読んでも新鮮な感じがすると思う。

ラオス、安南(ベトナム)は当時フランスの植民地になっていて、白色人種の黄色人種に対する圧迫を憤っている様子も伺えておもしろい。
小田実の『何でも見てやろう』と重なりもする。
 
この本は1897年(明治30年)博文館から初版が出た。
ぺらぺらの紙表紙の薄手の冊子だったそうだが、現在この本の初版は奇覯本になってしまっているらしい。
太平洋戦争中の1942年(昭和17年)に再刻版が出されていて、このときに親しんだ人が多かったという。
だが、この本すら奇覯本になってしまっているとのことである。


隣国の東アジア各国よりも、こうしてちょっと距離があるアジアに対しては案外親密感持てたんじゃないかなと思う。

このぐらい離れた国なら国境問題や拉致問題、タイムリーなミサイル発射とか国民のデリケートな感情に接触することもなくて、メディアも積極的に煽るネタも探しにくくて、いい関係を築きやすいように思う。



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by far-east2040 | 2016-08-28 18:41 | アジア図書館

アジア図書館とタイ語


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いま大阪市東淀川区にあるアジア図書館の語学スクールではどこの国の言語の教室が人気があるのかしら。韓国語かな?


私がスタッフをしていた時期で1992年あたりは、圧倒的にタイ語だった。傍で見聞きしているかぎり、日本人にとって学習しやすい言語とは決して思えないのに、募集すると人は集まった。

いろいろな人が集まったけれど、会社勤め風の若い女性が多かったような気がする。あと個性的な生き方をしていたそれほど若くはない男性が少しという感じだった。若い女性が多いと教室が華やかになる。
 
タイ語はボールペンでためし書きをするときに描くらせん状の線のような独特の文字である。半月が横になったような線図がところどころ載っかっていて、愛嬌がある文字だなと思っていた。しかし、インドネシア語やベトナム語などの文字はアルファベットであることを考えると、文字習得だけでも時間がかかりそうだ。

その上日本語の場合は「、」があり、欧米の言語などは単語と単語の間にブランクがあって自由に一息つけそうだが、タイ語は中国語のように一つの文に切れ目がない。

だから初心者には、早々に学習意欲がそがれないように、文字をいきなり教えることはなかった。
では、発音はやさしいのかといえば、5種類の声調は決して日本人には学習しやすい言語ではないはずである。声調があって文字も見慣れないものなので、アジアの言語では日本人が学習するにはむずかしい言語の1つだと思う。
 
にもかかわらず習いたいと思わせるものがタイ語にはあった。一番の理由は、旅先でタイというお国柄に魅了され、次回行くときまでに少しぐらいのことばはしゃべれるようになりたいと思う人が多かったからだと思う。

中国や韓国のように意味のない偏見を持つという歴史的な経験がないし、「いまだ解決していない問題」と表現されるような政治問題もないから、魅了された後「疲れる」とか「裏切られた」という負の感情を持ちにくいことが幸いしていたと思う。
 
講師になってくれたタイの留学生は、ほとんど国費の留学生だった。顔立ちだけを見たら、中国人とほとんど変わらない。実際「中国系」であることを語る人もいたが、それでもタイ人としてのアイデンティティを持っていて、他の東南アジア在住の中国系と称する人たちとは違っているように感じた。
 
タイの歴史は中国系との接触なしには語れないが、接触の際生じる葛藤があまりなかったのではないだろうか。見識不足でこれ以上は語れないが、そんな気がする。
 
日本に留学するチャンスを得ることができるということは、本国である一定の階層出身者であることを表している。夏休みを利用して講師の留学生の家におじゃました生徒さんの一人から「ものすごく大きかった」という率直な感想を聞いたことがある。

クラスはアジアの貧富の差を学ぶ機会も提供していた。



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by far-east2040 | 2016-07-22 08:00 | アジア図書館