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              韓国ドラマ「黄金時代」オフィシャルサイトより借用


このドラマは「友情」と「擬似家族」もテーマにしているように私は見えた。
日本以上に「家族」や「一族」意識の強い儒教伝統社会において、親以外の血縁がほとんど出てこなかったことが印象深い。

焦点をしぼるために、あえて主人公たちをみな一人っ子にしたのではないかとさへ推測している。

特に上層階級のチェフンも婚約者も兄弟姉妹の存在がドラマの中ではまったくなかったので、一人っ子のように見えたが、現実ではありえない。
銀行の資産を巡る攻防を描いているので、普通は兄弟や従兄弟等々何らかの一族が出てくるものだと思うが。

別に韓国だけのことではないが、お金があるところにはいろいろな親族が集まってくるものだと思う。


そのあたりの確執がまったくなかったので、このドラマは血縁関係とは別の世界で、純粋な信頼にもとづく人間関係を描くことに成功しているように思えた。

また最終話まで飽きずに観れたのは、民族系銀行の頭取であった父を殺害されて孤児になったヒギョンが、恵まれない境遇の中でけなげに生きていく姿への好感と、ヒギョンが誰と最後は結ばれるかという好奇心のためだった。

婚約者のいるチェフンだったが、カンチョル同様、ヒギョンの近くで好青年として存在していたからだった。
さらにドラマはややこしくて、ヒギョンの父親の殺害に関わっているのが、チェフンとカンチョルの父親だった。

チェフンの父親は上昇志向型人間ゆえの野心と野望があった。
カンチョルの父親は誠実だが貧しい境遇ゆえに持つ「弱さ」があった。
チェフンとカンチョルはそれぞれの親の動機を知った。どうなるか?
うーん
想像していなかったけれど、結末には納得できた。

時間の余裕ができたら、韓国語の勉強を兼ねて、もう一度主人公たちに会いたいと思っている。


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by far-east2040 | 2016-10-04 10:35 | 友情

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              韓国ドラマ「黄金時代」オフィシャルサイトより借用

このドラマは民族系銀行の内紛の周辺を描いているので、戦時色はあまり出ていなかった。

本土とは違い、朝鮮半島には空襲もなかったし、強い思想統制もあったので、表面的にはのんびりしていたように想像する。

「日帝」への反発は中国大陸や「地下」で生きるしかない時代だった。


しかし、朝鮮半島で戦中末期に実施された徴兵制について考える瞬間があった。
実業学校の教師をしているカンチョルが自分の教え子を戦地に送りたくないということで、友人のチェフンに銀行で採用してくれるよう頼んでいたシーンがあった。銀行員になれば、「徴兵免除」を受けることがわかった。

南大門市場や町を行きかう民衆に若い人がほとんど見られなかったが、実際もそうだったと思う。
若い世代は徴兵免除を受けているか、伝染性の病気を持っているかのどちらかでなければ、徴兵で戦地か、徴用のために日本本土の軍需産業の現場や戦地に強制的に連れて行かれているはず。
それがいやだったら「逃げる」という道しか残されていなかっただろう。

カンチョルは教師から銀行員になったのだが、教師のままだったら「徴用」の対象になっていた可能性はあると思った。
そういう意味でカンチョルとずっと一緒にいた友人が、ぶらぶらすごしているのが不自然に見えた。孤児だから対象からもれたと考えたらいいのだろうか。

この時期の日本の戦局はかなり悪く、兵が絶対的に不足していた。

学徒出陣という名で学業半ばの学生も戦地に行く時代だった。朝鮮半島にいる45歳以下の健康な日本男子も、いつでも戦地に行く覚悟は持っていたようだ。

『慶州は母の呼び声』(森崎和江著)より


「秋になりイタリアの降伏が伝えられ、兵役法がかわったとかで父が20数年前の奉公袋を出した。父もいつ召集されるかわからないことになったという。南方の島々に次々と米軍が上陸する。そして、10月、朝鮮海峡を往来して釜山と下関とを結んでいた連絡船の崑崙丸が、アメリカの潜水艦によって撃沈された。」


イタリアの降伏は1943年の9月のことで、奉公袋は遺書や連絡先を書いたものを入れた袋で戦地に持っていくものだった。

著者の父親は40歳前後と推測される。

こういう人が徴兵免除されないのだから、かなり兵力が不足していたと想像できる。

確かこの頃松本清張もニューギニア戦線の補充兵として運悪く召集され、兵団を編成するために朝鮮半島にいたのだが、30歳前半で妻子ある身だった。

決して若くない年齢なので、自伝では町内の誰かの心証を悪くしたためではないかというようなことが書かれていた記憶がある。
幸い戦地ではなく、朝鮮半島で終戦を迎え無事に妻子の元に戻ることができた。

この人が戦死していたら、戦後の文学界違っていたと思う。


松本清張は、朝鮮戦争後スパイとして北朝鮮で裁判をかけられ亡くなった詩人林和(イムファ)のことをきめ細やかに描写した『北の詩人』を書いている。

結核を病んだ繊細なこの詩人が、生活苦の中で宣教師から特効薬とか栄養のある食物との交換条件でズルズル関係を深めていく苦悩が松本清張独特の想像力でリアルに描かれていく。


亡くなった父もこの本を読んで感銘受けていたのだが、中でも米兵の描写が自分の実際観た感じとまったくいっしょだったことに驚いていた。

たとえば米兵の髭を剃り上げた顎あたりの色が緑色に見えたとか、履いていたズボンがぴしっとプレスされていたので、折り目が剃刀の刃のように見えたとか。

父は松本清張の自伝までは読んでいなかった。

この作家がもし朝鮮半島ですごす時期がなかったら、『北の詩人』は書けていなかったのではないかと思う。


ずっと以前、文学に詳しい韓国人留学生に林和のことについて訊いたことがある。彼女の肯定する返事とそのときの暗い顔つきをまだ覚えている。

時代に翻弄された線の細い林和のことを考えると人間の弱さを思い切ない気持ちになる。


さて話をもとに戻すと、朝鮮半島にいた父も「徴兵免除」をもらっていたが、徴兵検査は対象年齢の若者として受けた。

ところが自覚症状はないのに「結核」にかかっていることがわかり、「不合格」という結果をもらっている。当時の「結核」は「死の宣告」を意味したが、それでも「合格」した若者から「不合格」をうらやましがられたということだった。

現地ではなんとかわが息子も徴兵免除を受けさせたいと、父のポジションである農業技手になんとかならせようと努力していた金持ちの人がいたと聞いている。


例外もあったことは承知しているが、あの時代においては徴兵や徴用を避けたいと思うのが普通の感覚だったと思う。



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by far-east2040 | 2016-09-30 16:24 | 友情

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               韓国ドラマ「黄金時代」 オフィシャルサイトより画像借用


きっかけは、ネット上で日韓併合時の朝鮮半島や日本本土が描かれている珍しいドラマと知ったからだった。
途中で挫折した「チャングムの誓い」と違い、全20話とそんなに長くないので、とりあえず1巻借りてみた。
「はまる」とはこういうことかと自覚しながら、とうとう最終話まで観た。


1927
年、釜山から日本に向かう船の中で出会った同い年のクァンチョルとジェフンは、身分の差を越えた友情を育んでいた。しかしそんな2人を快く思わないジェフンの父親ヨンホにより、いつしか2人の仲は引き裂かれてしまう・・・。父親のジンテが京城銀行頭取のビョンイクを殺害する事件を目撃してしまったクァンチョルは、長年そのことで苦しむが、皮肉にも彼の娘であるヒギョンをやがて愛するようになる。10数年後、それぞれの道を歩んでいたクァンチョルとジェフンに、感動の再会が訪れるが・・・。(韓国ドラマ「黄金時代」オフィシャルサイトから抜粋)


よくできたドラマだと思った。

ちょっと原罪をテーマにした三浦綾子の『氷点』や松本清張の小説と重なる雰囲気を持っていると思った。

人間は生きているかぎり、その時代の社会的、歴史的な事柄に影響を受けているのだから、こういう背景を抜きにしたドラマは私には物足りなくて楽しめない。

このドラマを通じて、社会的、歴史的な背景のもとに繰り広げられる人間ドラマが好きなんだという自分の趣向を再発見した。


このドラマは韓国で2000年から2001年にテレビで放映され、高い視聴率を取ったという。私の周辺でもかなり高齢女性のファンが多かった『冬のソナタ』の前年の作品だ。

日本では『冬のソナタ』はかなり評判がよかったらしいが、私は見ていない。

たとえば瓜二つの別人が出てくるとか、このドラマいろいろありえないことがよく起こると聞いていたし、子育てで一番大変な時期でもあって結局見る機会がなかった。

題名からかなり甘そうだなとは思ってきたが。


さて、この「黄金時代」では関釜連絡船は出てくるし、釜山港、下関港の光景、在日一世の原型のような男、戦中の様子を観ていると、いろいろ考えさせられることが多かった。

完全な「時代考証」ではないと考えても、私がそれまで写真や残された記録だけで築いているイメージよりはるかにリアルに展開してくれた。

かわいい子役たちの演技もうまい。出身階層が違うチェフンもカンチョルもどっちも味わいがあってよかった。
特に、カンチョルにはあの服装のまま家に来てもらって、ごはんをいっぱい食べさせてあげて、「おばあさん、おいしいよ」といってもらいたい妄想の世界に入っていきそう。

ああいう子役に弱いことも自覚している。

韓国女優としてはそれほど美形ではない女優が陰の主人公を演じているのだが、演技に惹かれるものがあった。
「あんなとこで写真を拾うかな」とか、「あんなとこで会うかな」というようなシーンもあるし、冷静に考えたらありえない話なのだが、感情移入しているうちに、絡み合いそうにない登場人物達が、いつのまにか自然に絡み合っていることに気がつく。そんなドラマだった。


他のドラマは観ていないが、私の好みでは「黄金時代」を韓国ドラマではベストに位置づけている。



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by far-east2040 | 2016-09-28 09:55 | 友情