震災の年の墓参り

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今読み返すと、当時こんなこと考えていたのかとちょっと感心している。

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出迎えてくれた空港で、事故の状況を心配していた叔父叔母に「日本の将来はわからない」と答えた記憶がある。

叔父は自宅がフクシマ原発から何キロ離れているかを心配そうに確認していたが、実は叔父たちが住んでいるところは日本の熊本あたりとさほど変わらない。しかも原発がけっこう近くにある。

子ども達はみな北米に移住したが、その地点は私が住む地点と汚染状況は同じぐらいではないだろうか。

この年の秋に叔父は癌を患った。同じ癌ですぐ上の叔父は震災前に亡くなっている。叔父たちは若いときはヘビースモーカーで、みやげとして贈った日本製のたばこを美味しそうに吸っていたのを覚えている。

もう何が原因がわからない。

叔父のおかげで日本で安心して暮らしていることを対面で言えたことがこの旅の何よりの成果だった。



                      2011-03-30 公開

子どもの春休みに合わせて計画していた墓参りを兼ねた韓国旅行から戻ってきたところ。
原発事故処理が予断を許さない状況の中での出発だったので、帰ってくるときは日本がどうなっているかちょっと心配だった。半分冗談で、半分本気。
釜山空港ではばっちり放射能検査が実施されていた。

旅行ガイドの女性から、韓国でも24時間ニュースが流れるチャンネルで地震発生以来ずっと放送されていたという。さらに原発の深刻な事故がわかると、マスクを買う人が出てくるなどちょっとパニックになったという話しを聞いた。しかし、風の方向を冷静に考えると、むしろヨーロッパの方が影響が大きいことがわかってきたので、落ち着いているとのことだった。

「韓国では地震がないといわれているが、あんな津波が釜山に来たら大変だ」ともいうので、詳しく訊くと、釜山にも原発があることを教えてもらった。これは知らなかった。

「菅さんもたいへんだ」とも語り、首相よりも大統領のような強い権限を持った方が危機の際にはいいのではないかと語っていたが、大統領と首相では何が違うのか私は今ひとつわからない。彼女から見ると、今の日本の政治は議論が多くて前に進めない感じがすると。管さんにないのは強いリーダーシップだという。私はこの三重苦に苦しむ事態では誰がリーダーになってもしんどかったと思う。

正直いうと、もっと心穏やかな気分で旅をしたかった。
久しぶりに会った叔父叔母たちと墓参り、会食を楽しんだり、難波や心斎橋の賑わいと重なる「西面(ソミョン)」でのウインドウショッピングや急に金持ちになったような免税店での買い物もよかったが、心のどこかで原発事故状況が気になっていたからだった。
ホテルの部屋ではNHKのBS放送が見れたので、流れるテロップで余震は続いているが、大きな変化はないことはわかっていたので安心はしていたが。

この旅行を起点にやろうと思っていたことがあるのだが、集中できそうにないので、しばらく置いておくことにした。

やっぱり原発事故の今後の影響が気になるわ。
落ち着いたら、因果関係をはっきりさせることがむずかしい子や孫への影響を考えたり、誰がいうべきことをいわなかったか、また嘘をついたかが問われる時代がくるだろうと思う。




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by far-east2040 | 2016-06-30 11:58 | 震災

今読み返しても、この詩から強くて心地いい緊張感をもらう。

若い頃から詩にはほとんど興味関心がなく、味わう方法がわからない表現だったのに。
詩を読むよりも、もっぱら散文かもっと制約をうけながら凝縮されたことばを探し創意工夫していく短歌の方が好きだった。今でもそれは変わらないけれど、詩の良さを発見したことはまちがいない。


この詩に出会って5年。どこに惹かれた?

作者辺見庸さんが死者によりそう人間的やさしさと怒りを雄々しい言葉で表現し、時には神や仏の世界に挑戦的なことばを投げかけていくところだと思う。この詩はキリスト教世界に生きる人では作れないと思った。

もう一つはジャーナリストと詩人のことばが一人の人間の中で共存できることの驚きだと思う。 

辺見庸さん今どうされてるかしら。



2011-05-06 公開

4月30日に再放送されたNHK「こころの時代宗教・人生」を録画していたのを連休中ゆっくり見終えた。
辺見庸さんといえば、ジャーナリストで『もの食う人びと』の著者としてしか知らなかったので、詩人としての出演は意外だった。
病気をされて身体が少し不自由にしているように見えたが、創作への強い意欲を持っておられる。出身地は被災地でもある宮城県石巻市。番組は私にとっての「3・11」を語るシリーズということで、今回の題は「瓦礫(がれき)の中から言葉を」だった。

1回聞いただけでかんたんに咀嚼できない言葉を、唇を噛み締めながら訥々と語っていたので、録画してよかったなと思った。「個」ということばを何度か強調する中で「希望」ということばも口にしていたのが印象深い。

一番よかったのは番組最後に流れた辺見さんが4月18日に脱稿した新作詩。
響くものがあって、思わず早戻しして書き取った。原発事故のことばかりに気がいって、震災で亡くなった人や周辺の人への想像力が欠如していたことを秘かに感じいった次第。


「死者にことばをあてがえ」
わたしの死者ひとりびとりの肺に
ことなるそれだけの歌をあてがえ

死者の唇ひとつひとつに
他とことなる
それだけしかないことばを吸わせよ

類化しない 統べない
かれやかのじょだけのことばを
百年かけて
海とその影から掬え

砂いっぱいの死者に
どうかことばをあてがえ
水いっぱいの死者は
それまでどうか眠りにおちるな

石いっぱいの死者は
それまでどうか語れ
夜ふけの浜辺にあおむいて
わたしの死者よ
どうかひとりでうたえ

浜菊はまだ咲くな
畔唐菜はまだ悼むな

わたしの死者
ひとりびとりの肺に
ことなる
それだけの
ふさわしいことばが
あてがわれるまで


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by far-east2040 | 2016-06-19 11:26 | 震災