2017年 03月 09日 ( 1 )

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東江地方に入って、朱徳がまず注目したことは、女の数が非常に多いということだった。
農民人口のたっぷり三分の二が、女や娘たちで、彼女たちは、男と同じように、部隊へ米を運び、渡し舟をあやつって部隊を渡河させ、あるいは手に武器をとって、部隊と一緒に行軍したのである。


華南地方の省は帝国主義諸国や地方軍閥、官僚、「虎地主」たちのために、農民たちは圧迫されていて、数十年間にわたって、膨大な数の男性が生きるために南洋に移住しなければならなかった。

そのために女たちは男たちが送ってくる月に2、3ドルの金で家を守っていたのある。

彼女たちは畑を耕したり、船頭や沖仲仕したりして働いた。

また農民同盟の創設者にもなり、農民自衛隊に加わって男と肩を並べて戦いもした。


「私が、中国で肉体的に強健で、解放された女たちを目にしたのは、これが最初だった」と朱将軍はかたった。


彼女たちは生まれたままの足で、男と同じようにあらゆる責任を負わされていたので、父親、夫、姻戚などの昔からの圧制から解放されていた。

一方で、出稼ぎに出た男たちを慕うたくさんの恋慕の歌を作っていた。

その中でも、「いとしい人」という言葉で始まる物悲しくて戦闘的でもある民謡を部隊で初めて聞いたときには、すすり泣く男たちがいたという。


朱徳は立ちあがって、スメドレーの部屋にある小さなオルガンのそばにいき、彼女にこの歌を歌って聞かせた。

「鉄軍」の目となり耳となって補給や輸送の補助部隊となったのはまさに彼女たちだったのである。


広東で新しい革命政府を樹立するために一刻を争っていた。

「鉄軍」は敵の増援軍が現れるまでに、汕頭にいる敵の師団を粉砕しようと決定した。

背後からの攻撃を防ぐために、朱徳は韓江の戦略要地である三河埧に三千の部隊を指揮して待機し、「鉄軍」の主力はただちに汕頭攻略に向かった。


ところが、戦闘が始まって二日たっても、朱徳には前線からの報告がなかった。

ただ「鉄軍」の全部隊と数千の農民が戦闘に投入され、英国の砲艦が「鉄軍」を砲撃し、敵軍一個師団が南方から迫り、別の数個部隊が海上から上陸中だという噂を聞くだけだった。


あとのことは一切わからなかった。


紫字はアグネス・スメドレー著 阿部知二訳『偉大なる道』より抜粋



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by far-east2040 | 2017-03-09 09:00 | 朱徳の半生