2017年 03月 03日 ( 1 )

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朱徳が開いた大宴会では食事が終わって、九時ごろには客人たちは麻雀のテーブルについた。

朱徳は蜂起が始まる予定の真夜中まで、麻雀で客人を釘付けにしておこうと計画していた。


ちょうどその瞬間、賀竜将軍の第二十軍のある大隊長が非常に興奮した様子で入ってきた。

この若い隊長は雲南省の生まれで、客人たちの大部分も彼と同郷人だった。

彼は市中警備区域城内の雲南軍部隊を武装解除せよという命令を受けたともつれる舌で報告した。

そしてこの隊長は自分と同じ同郷人を武装解除していいものかどうかわからなかったので、どうすればいいのかをたずねにきたのである。


一瞬、室じゅうが、死の沈黙におちいった。

大きく笑いながら、客の方をふりかえった朱徳は、こういう乱れた時世には、色んな噂が流れるものだ、そんな話は全然意味はない、と、うちけした。

「さあ、マージャンをつづけよう。流言蜚語にいちいち耳をかさないことにしよう」


だが、客人のある将校は椅子から立ちあがって、今夜なにか事件が起こりそうだということは聞いているので、念のためにそれぞれ部署に戻ろうといった。

客人たちは一斉に帰る支度を始めた。

朱徳はあまりしつこく引き止めると、かえって疑いをかけられると思い、あくまでも冗談と笑いで応対していた。


客人がみな帰ってしまった後、朱徳は一目散に前線委員会にかけつけた。

委員会はすぐに「ただちに蜂起せよ」という命令を下した。


この新しい命令が「鉄軍」の全体にゆきわたるには少し時間がかかったが、まもなく銃声が全市に拡がっていった。

明け方までには、南昌の市は「鉄軍」の手中に入り、それから数時間後には遠く離れた村々まで占領した。


南昌は数万の人民と兵士が大集会に群れ集まる革命の街と化した。

蜂起の翌朝、共産党の緊急会議が召集され、陳独秀は党書記長の地位を追われた。

新しい書記には、有名な作家で文芸復興運動の主要な指導者のひとりであった瞿秋白が選出された。


この会議では革命委員会を選出し、委員は共産党員と当時まだ革命に忠実だった国民党指導員とで構成された。

「鉄軍」は南昌にいた革命委員会の委員たちとともに、広東省へ向かい、新たな革命政府を樹立することになった。

この遠征の資金をまかなうために、「鉄軍」と共産党から選ばれた委員会は市中をまわって銀行家や金持ちの家から金を没収して歩いた。


その頃、朱徳は新しく第九師を編成してみずから指揮をとるように命じられた。

彼の指揮下にあった軍官学校生三百人、南昌警察隊の四百人、それに数十人の労働者と学生が編入された。

農民運動講習所の男女六百人は蜂起で捕獲した小銃のほとんどすべてを持って郷里に帰り、農民を組織し武装させる仕事に取りかかった。

そのために朱徳は新師団編成のためにわずか一千人の武装兵力しか動員できなかった。


いよいよ土地革命が始まった。



紫字はアグネス・スメドレー著 阿部知二訳『偉大なる道』より抜粋



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by far-east2040 | 2017-03-03 09:00 | 朱徳の半生